雨にぬれても

その時々の心の残ったものの記録が主な内容になるかと思います。音楽に関する話が多くなりそうです。

音楽とお金について

今日、この記事をみました。

Appleが、年々売り上げが低下していく音楽のデジタルダウンロード販売を終了してサブスクリプションサービスApple Music一本に絞る方向で考えているとのこと。これはもう抗えない時代の流れだな、と思います。

思えば、レコードやCDといったメディアも元々はその時代時代の技術でいかに効率よく音楽をパッケージして人々に届けるか、といったものでした。

今もミュージシャン、リスナー共にレコードやCDといったメディア自体への愛着を持っている人は沢山いると思いますし、それ自体は全く否定すべきことではないと思います。

ただ、「音楽が世に出てきて、それが聴かれる」ということの本質に立ち返ってみると、

ミュージシャンにとっては「自分の音楽を聴いてもらいたい」「それで得たお金で生活をして、次の活動に繋げたい」ということであり、

リスナー(ファン)にとっては「その人の音楽を聴きたい」「その人の活動に貢献したい」

ということではないかと思います。

Apple MusicやSpotifyといったサブスクリプションサービス(以降サブスク)の登場で、ミュージシャンにとっての「自分の音楽を聴いてもらいたい」という欲求は(実際にどこまで聴かれるかはさておき)リリースと同時に世界全体に公開されることで環境的には充分に満たされ、ファンにとっての「その人の音楽を聴きたい」という欲求もほとんどタダ同然で満たされるようになりました。いってしまえば、「音楽を効率よく届ける」というこれまでの音楽のメディアの変遷が行くところまで行ったという話で、ある意味自然な流れとも言えそうです。そして、一概に悪いことばかりとは言えないと思います。

問題は、ミュージシャンにとっての「それで得たお金で生活をして、次の活動に繋げたい」という部分と、リスナーにとっての「その人の活動に貢献したい」という部分が全く満たされなくなったことです。

サブスクには、曲が再生される度にそのミュージシャンに少額のお金が入るという、これまでの音楽のメディアとは違う性質があります。要するに広く長く聴かれれば、その分継続して収入を得られるわけですが、よしんばそういった幸運にミュージシャンが恵まれたとしても次作の制作費が貯まるまでに長い時間がかかってしまいます。そして、大半のミュージシャンがサブスクからの収入で元々の制作費自体をペイ出来ていないのが現状ではないかと思います。

 

僕はこれまで「サブスクで聴いて、気に入ったらCDを買う」といった形で好きなミュージシャンの活動にささやかながらでも貢献出来たらと思ってきましたが、正直に言うと、たまに取り出して歌詞カードを読むことはあっても基本的には一回パソコンに取り込んだら大体の作品はすぐに棚の中に仕舞っています。そして、”物”に対する執着も年々無くなってきていますし、そういった傾向は今の時代においては多分僕に限ったことではないだろうと思います。物に対する執着がなくなっていくと、ミュージシャンに貢献するという目的において「CDを買って支える」ということの効率の悪さが嫌でも頭に浮かびます。僕はプレス工場や小売店、物流コストにお金を払いたいわけではないからです。

ミュージシャンの側から考えた場合はどうでしょうか?もちろん、自分の作品をCDやレコードといった形として残したいという気持ちがあるのは理解出来ます。もしくは、自分の作った作品で次に繋がるお金を得る方法としてCDはまだ必要という人もいると思います。しかし、これからますますCDが売れなくなる時代がくることは明らかです。今であれば、音楽には”ライブ”という音源とは別の体験があり、そちらで得た利益で活動するということも可能かもしれません。(ちなみに映画には”映画館”という上位体験があります)ただ、それも長い目でみればバーチャルリアリティの中でのライブや映画館の疑似体験によって、体験としての希少性や優位性も今ほどは保てなくなるかもしれません。

 

ここで、音楽産業にまったく関わっていないイチ音楽リスナーからの無責任な提案ではあるんですけど、「QRコードを使った投げ銭」ってうまく使えないでしょうか?

中国では既にスマホを使ったモバイル決済、例えばアリペイやウィーチャットペイが当たり前のように普及しています。

日本ではようやくこれから普及していく段階ですが、おそらく2020年の東京五輪くらいまでにこういったアプリが使いやすい環境が整えられ、使用する人も増えてくるだろうと思っています。

例えば、LINEにお金をチャージしておいて使用するLINE Payや、銀行口座から直接送金するMoney Tapでは、アプリでQRコードを読み込んで払いたい金額を入力するだけで送金が可能です。クレジットカードを持つ必要もありません。

 

ミュージシャンからすると、必要な手間は自身のQRコードを公式サイトやSNSに貼っておくだけです。メジャーと契約してる人は難しいかもしれないですし、インディーでも独立独歩の人以外はレーベルとの取り分の相談が必要になるかもしれませんが試すのは簡単です。

リスナーからすると、好きなミュージシャンに対して、自分がその人の作品に感じた価値に見合う金額を任意に決めて、手軽に、ロスなく好きなミュージシャンに送金出来ます。仮に1,000円のCDを買っていたら、そのうちの100円くらいしかそのミュージシャンの手元に入らないかもしれませんが、1,000円を送れば1,000円がそのままミュージシャンの手元に入って次の制作に繋がります。個人的にはこのあり方は凄く健全だなという気がします。もっというと、「サブスクで聴いてみて結構よかったから100円投げた」くらいのカジュアルな感覚でこういった行為がドンドン行われるようになるといいなと思います。というのも、デジタルに変換出来る(つまりインターネットに乗せることが出来る)あらゆる娯楽(音楽、映像、漫画など)の作者は今後そういった形を取らないとこれまで以上に継続して活動していくのが難しい時代になるんじゃないか、という気がするからです。

 

「サブスクでタダで聴いた上で何のメリットもなくお金を払う人なんてそんなにいない」とか「BandcampのName Your Priceみたいなもんじゃん」って意見もわかりますが、音楽オタクしか登録していないBandcampとは違ってスマホを持っているあらゆる人が対象になりますし、手間もかからないので試してみるのはありかなと思います。

現状、ミュージシャンはサブスクでほぼ無料で音楽を公開しているようなものなので、こういったことを物乞いのように思わずに堂々とやってほしいですし、ファンにとっての「その人の活動に貢献したい」という欲求が効率よく満たされるための窓口としてあってもいいのかなと思います。

 

AI(人工知能)、VR(バーチャルリアリティ)、ビットコインが合流していく未来

 

これから僕が書く未来予想図がどこまで現実的なものなのか全然わからないですし、実際の開発の現場にいるわけでもなく技術的な裏付けを持っているわけでもない僕がどこまで書いていいのかももはやよくわからないのですが、こんな風になるのかなー、なんて考えていることをまとめてみました。

 

世の中や科学、テクノロジーが発達していく時、独立した何かがそれ単体で大きくなっていくというイメージではなく、色々なものが相互に繋がって新しい何かを生み出していくと考えないといけません。Aという研究結果とBという研究結果を土台にCという研究がなされます。あるいはAというテクノロジーとBというテクノロジーを土台に新しい製品やサービスが生まれ、世の中を変えていく。といった感じです。

AI(人工知能)とVR(バーチャルリアリティ)、ビットコイン(を代表とする非中央集権型の仮想通貨)について語られる時、現在ではそれぞれの技術単体で何が出来るかという話が中心になりがちですが、それぞれが少しずつ育っていった未来ではこれらの技術が合流し、新しい社会や文化を作っていくのかなと僕は考えています。この記事ではそんな未来の予想図を描いてみたいと思います。

 

【それぞれの技術の現在】

AI(人工知能)

近年のディープラーニングのブレイクスルー以降、急速に発展しています。この3つのテクノロジーの中では、最も世の中に入り込んでいるものになります。これからはIoT(モノのインターネット)という時代がきて、あらゆるものがインターネットと繋がり人工知能が搭載されていきます。Google HomeAmazon Echo、HomePodなどのスマートスピーカーが先鞭をつける流れとなりそうです。AIに関してはすでに実用レベルに達していますが、これから先を含めた長い目でみたときに現在はまだ完全に序章で、行き着く先は全く見えていません。

VR(バーチャルリアリティ)

説明が難しいけど、コンピュータ上に作られた世界、及びその世界に実際の感覚を伴って身を置く技術のこと、という言い方でいいだろうか。

Facebookが母体となっているOculus社のOculus Riftマイクロソフト社のHoloLensを中心にVRを実現するためのデバイスが出てきていますが、まだまだこれからの技術です。当面はゲームなどのエンタメの分野を中心にお金が回る仕組みを作っていきながら大きく育っていくことと思います。

VRの技術が発展していくと、もちろん現実では体験出来ないことをバーチャルな世界の中で味わうことも出来ますが、かつての「セカンドライフ」の再チャレンジのような流れにはなってくるのかなと思います。セカンドライフが失敗に終わった理由はおそらく簡単で、当時の技術では仮想世界のモノの価値や利便性が現実世界のそれと比べて著しく低いにも関わらず、その物珍しさが投機に結びついてしまったからです。セカンドライフの頃と比べ、現在は様々なモノが電子情報になっており、今後もその流れが進むため、ヴァーチャルリアリティの中で受け取るモノの価値と現実世界でのモノの価値の差は埋まってきています。さらにはその仮想現実の中で出来る表現であったり、発信出来ることが生み出す価値も全く変わってきます。ここでは、そういった方向性での想像を膨らませてみたいと思います。

ビットコイン(を代表とする非中央集権型の仮想通貨)

PoWをコンセンサスアルゴリズムに採用する通貨としての機能に特化した仮想通貨は、国や企業といった管理者を持たないお金です。

現在はまだ投機によって売買されている状態で、社会的にもまったく制度や環境が整っておらず、仮想通貨自体のエコシステムもこれから整えていく段階です。さらにスケーラビリティ、送金手数料、ボラティリティなどの様々な課題を抱えています。しかしながら、それらは技術の発達と時間の経過によって少しずつ解決に向かっていくのではと思います。

そうなった時に、これからの未来において、相手(人間性やその人の住んでいる国、その他あらゆること)を信頼していなくても、その相手との間に企業や国を通さなくても、個人間で問題なくお金のやりとりが出来る非中央集権型でトラストレスなお金が意味を持ってくると考えています。それについては後々説明します。

 

【人の考え方や価値観について】

世の中が変わっていく時や新しいものが広まっていく時には、テクノロジーの進歩とともに人間の考え方や価値観も変わっていかなければなりません。テクノロジーが人間の価値観を変えることは勿論ありますが、その時代の人の価値観で全く理解出来ないものは普及しません。そして、たくさんの人の価値観が一気に大きく変わることはないので段階を踏んでいく必要があります。

ここ10年の人の価値観の変化を考えた時に、SNSの存在抜きには語れません。

個人がそれぞれにメディアを持ち、自由に自分自身を発信出来るようになりました。そして人は誰かの発信する情報に価値を見い出し、「いいね」をつけます。その流れで出てきたのが、数万人単位のフォロワーを持つtwitterユーザーであり、ブロガー、インスタグラマー、YouTuberなどです。なんとなく嫌煙してしまう人も多そうですし、それが駄目ではないと思いますが、出てきたことは必然だと思います。

さて、次に起こること、起こってきていることは個人が発信する何かに、それを受け取った個人が直接お金を払うということです。

わかりやすい例がSHOWROOMの生配信サービスです。個人がリアルタイムの動画配信を行い、それを観ている人がギフトという形で投げ銭を行っています。今はこういったあり方の黎明期なので、出ている人はアイドルが多いです。そのため、性的な価値にファンが投げ銭していることに違和感を覚える人がいるのはわかります。ただ、これから少しずつこういったサービスが広まってきて、感動や知的興奮をくれる人の配信に投げ銭をするようになってくると思います。例えば、亡きスティーブ・ジョブズがもし生きていて、新商品のプレゼンをする映像をこういったサービスの上で行ったら、きっと多くの人が投げ銭するはずです。日本で言えば落合陽一さんが語る未来にも投げ銭したい人は多くいるのではと思います。noteというメディアはテキストと画像などを使って個人がそういった価値を発信し、投げ銭を行うサービスともいえます。

さらに時代が進むと、twitterの「いいね」のようなカジュアルなところでも、例えば1円単位での少額の投げ銭が出来るようになっていくかもしれません。

 

さて、ここで少なくとも二つの疑問が浮かびます

一つは、「あれ、僕はあの人に100円を投げたのに、なんでプラットフォーム(SHOWROOM)が何%か持っていくの?」ということ、もう一つは「国を跨いだ投げ銭ってどうすれば出来るの?」ということ。

国を跨いだ投げ銭は、それがある程度まとまった額であればプラットフォームを通してクレジットカードなどを使って今の世の中でも実装出来そうです。しかし、少額の投げ銭は現在の海外送金のあり方では実現が難しい。こういったケースにおいては個人間で国を跨いでリアルタイム送金が出来る仮想通貨に優位性が出てくるのは間違いないだろうなと思います。

 

続いて、最近面白いものが出てきました。バーチャルSHOWROOMERの東雲めぐです。東雲めぐについてはこちらに詳しく書きましたのでご覧ください。

東雲めぐはまだ今年の3月に出てきたばかりなのでこれからますます人気が出ていくと思いますが、今の時点でファンの熱は熱く、投げ銭もガンガン行われています。

ファンは東雲めぐの発言や動作が声優によるものだと知っていますが、声優のファンというわけではなく、東雲めぐというバーチャルな存在自体のファンとして投げ銭してるように思えます。 

さて、それではこの先AIが更に進歩して人間らしい振る舞いが出来るようになり、東雲めぐの声優の役割をAIが担うようになった時、人はガワもバーチャル、中身もバーチャルの存在に果たして投げ銭をするでしょうか。初音ミクもある意味それに近いプロジェクトですが、初音ミクには音楽という付加価値がついています。そうではなく、AIが普通の人間のように普通に喋っている状況に投げ銭が行われるのかということです。

ここが少し未来の人間の価値観の変化における大きな壁になりそうですが、僕は多少時間がかかっても投げ銭がおこなわれるようになると思っています。

外見の話でいえば、sayaというプロジェクトにも触れなければなりません。

不気味の谷を超えたsayaのような存在にAIが乗って喋り出した時、人はそれをどう扱うのでしょうか。

仮にバーチャルリアリティの世界に東雲めぐのようなアバターであったり、sayaのような女の子がいて、普通に会話をしているとします。その時、人はそのアバターや女の子の中身がAIなのか、はたまた人間なのかを見分けることが出来るのでしょうか。

 

バーチャルリアリティが実現した世界で】

まとめに入ります。

今後、バーチャルリアリティの世界でセカンドライフの再チャレンジがなされると、その世界の中ではCGキャラクターのアバターや人間の形をした存在がそれぞれ自由に行動するようになります。その存在との会話は、リアルタイム翻訳によって言語の壁は存在しません。

そして、そのバーチャルな世界、というよりも現実世界とは別の一つの社会の中で様々なモノやサービスの売買が行われたり、音楽ライブのようなパフォーマンスに対する投げ銭が行われます。

しかし、その世界の中で会話をしている相手や取引をする相手、ライブパフォーマンスを行っている存在がどの国の人なのか、男性なのか女性なのか、そもそも人間なのかAIなのかすらわからないといった世界になります。

そこでは、国の信頼の元に成り立っている法定通貨よりも世界中に分散された台帳で運用されるビットコインのほうが信用に値するお金ということになり、売買の相手がどこの国のだれであろうと、それがAIであろうと、トラストレスに取引が出来るビットコインが使われるように思います。

 

 

といったような未来の世界観は、現時点のテクノロジーの発展スピードや最新の開発状況を調べていると夢想してしまいます。

実現するかしないか、全く別の形になるのかは正直言ってわかりません。

こういった世界にワクワクするのか困惑するのか、拒否反応を示すのかも人それぞれだと思います。

しかしながら、望む望まざるに関わらず世界がすごいスピードで変わっているのは確かだろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲めぐの衝撃と今後の二次元コンテンツに関する考察

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「東雲めぐ」とは

ストリーミングライブ配信サービス「SHOWROOM」をプラットフォームとして、今年の3月1日からリアルタイム動画配信を始めたバーチャルSHOWROOMERです。

僕はこの「東雲めぐ」とそれを実現している技術が、この先アニメを中心とした二次元コンテンツの中で大きな存在になっていくだろうなと考えています。

その理由をこれから色々と書いておこうと思うのですが、結論として一番大きな理由は「文句なく可愛い」からです。単純ですが、二次元ビジネスにおいて一番大切であろうこのことをクリアしているのが何より大切です。

論よりもまずは観た方が早いと思うのでこちらをどうぞ。(現在SHOWROOMの配信動画のアーカイブを残していないので、YouTubeのダイジェスト動画になります)

 

技術面からみた東雲めぐ

こちらはオーディションの際に公開された配信イメージ映像です。

東雲めぐに採用されている使用機材はパソコン、VRヘッドセット「Oculus Rift」、ハンドコントローラー「Oculus Touch」のわずか3つだけだそうです。それらを用いて「AniCast」というバーチャルキャラクター配信システムを動かし、SHOWROOM上であのような挙動を実現しています。配信に際して、そのほかの大掛かりな装置やサポートをするスタッフは不要で、東雲めぐの配信も声優が自宅でひとりで行っているとのこと。

そして、東雲めぐに限らずとも、このシステムを使えばSHOWROOM上で比較的低コストで同じような挙動を実現出来るみたいです。

つまり、キャラクターの3DCGのモデリングという初期投資を行えば、このシステムを使うことである程度容易に第二・第三の東雲めぐを作ることが出来るということになります。そのため、おそらく今後のバーチャルYouTuber的なものの日本国内でのプラットフォームはYouTubeではなくSHOWROOMになるのでは?と思います。

そして、このシステムやそれを実現している技術は単にバーチャルSHOWROOMERといった範囲に止まらず、アニメ製作の現場でも使われていくのだろうと思います。

現に、東雲めぐは、2018年にYouTubeにて配信予定の3DCGアニメ『うたっておんぷっコ♪』のメインキャラクターとして生み出されています。

そして、そのアニメの製作プロジェクトのプロデューサーの方はこのように言っています。

 その意味について考えていきたいと思います。

 

アニメの製作現場に起こる変化

まず現状の「AniCast」のシステムの時点で、キャラクターが口を動かして声を出し、歌い、体を動かし、表情を変えるという一通りのことが出来、そしてカメラのアングルも変えることが出来ます。これに美術(背景)が加われば、それだけでシンプルなアニメとして成立してしまいます。歩く、走るといった全身運動がどこまで出来るのかについては先述の『うたっておんぷっコ♪』がどういう仕上がりになるのかで確認したいと思いますが、おそらく既に実現可能なのかなという気はします。

現在も3DCGで作られたアニメは日米ともにたくさん存在しますが、キャラクターの3DCGモデリングを行い、「AniCast」のシステムに乗せるだけで少なくとも東雲めぐのクオリティのアニメーションが簡単に作れるとなると、現在の原画マン動画マンが手で書く制作のあり方から少しずつシェアを奪っていくのでは、という気がしています。

もちろん「AniCast」は人間の動作をそのまま模するものなので原画マン動画マンが全く必要なくなるということはないと思います。ただし、労働人口は少しずつ減っていき、人間以外の動物や物体の動きであったり、もしくはアニメ特有のデフォルメされた表現などを残った技術の高い人が担っていくのかなと考えます。そうなった時には人件費が削れた分だけ残った人たちに技術に見合った対価が与えられてほしいと思います。これは僕の願望ですが。

  

今後作られると予想されるアニメの傾向と課題

【傾向】

1.  アニメと現実の融合

まず、先ほどのGugenkaプロデューサーもツイートで言っているようにアニメと現実を融合させることを想定したアニメ作りが増えてくるかと思います。具体的にはアニメのキャラクターがSHOWROOM配信を行ってファンと直接交流したり、あるいは現在の声優が舞台に立つライブ興行から初音ミク型のライブ興行が増えていくのではと考えています。「東雲めぐ」もおそらくその流れを最初から意識したプロジェクトです。

バーチャルなアニメのキャラクターと直接やりとりが出来る時代というのは多くのアニメファンが望んでいたものなのではと思います。

2. 作品の長期コンテンツ化

現在のアニメは1クール、せいぜい2クールで終わるものが多いです。

これまでの作り方だと回を重ねるごとにその分作画のコストが積み上がっていきましたが、「AniCast」を用いた制作方法では最初に3DCGのモデリングコストをかかり、放送回数を重ねるごとにひと回あたりのモデリングコストが少なくなっていくため、今までよりも長期で制作することにメリットが生じるのではないでしょうか?

そして、SHOWROOMギフトやファングッズ、関連アプリなどの利益で制作費をまかなえるようになれば、テレビというプラットフォームと円盤売り上げに依存する今の制作のあり方を離れ、YouTubeで長期に渡ってアニメを配信し、息の長いコンテンツに育てることが出来るかもしれません。

 

【課題】

このシステムを使ったアニメ作品が多くなると、必然的に同じような動きをするものばかりになり、アニメーションの多様性が損なわれそうです。今後はシステムの中でそういった多様性を実現出来るのかも課題になるのかなと考えます。

 

声優の女優化と匿名化

このシステムでの制作が行わるようになると、これまで声の演技だけを求められていた声優にも女優と同じように身体の演技が求められるようになります。身体の演技と声の演技を分けてひとつのキャラクターを作ることも技術的には出来そうですが、そのキャラクターを使ったリアルタイム配信のことを考えた時にはやはり同じ人物がやるべきだと思います。

また、東雲めぐの中の人はオーディションによって選ばれた人物です。キャラクターの設定は今年の3月に中学校を卒業した15歳ですが、中の人の年齢は公開されていません。実際に中の人も15歳でキャラクターと自分のプライベートを重ねて話しており、今のところ齟齬が出ていないだけということもなくはないですが、可能性は薄いと思います。

つまり、これからの声優はアニメの作品内だけではなく、SNS上での振る舞いや動画のリアルタイム配信という環境においても自分の演じるキャラクターを考慮して発言しなくてはいけません。

東雲めぐの中の人は見事なものです、配信の中で投げ銭アイテムを手に取りながら視聴者と直にコミュニケーションを取り、「おかあさんにうるさいと怒られた」と声を小さくし、(普通の中学生は友達と過ごしたり親とお祝いをするだろうから)卒業式の夜と次の日の朝は配信しないといった部分にまで気を使い、キャラクターの実在感を保っています。そういった細部にまで頭を使い、演技が出来る人が今後の声優に向いているのかなと思います。

そして、キャラクターの実在感が今まで以上に大事になってくると声優個人の顔やパーソナリティ情報の重要性は必然的に下がります。東雲めぐの中の人も非公開です。

そのため、声の良さが必要という前提は崩れないものの、ビジュアルも求められてきた声優の世界も少しずつ変わり、いかに映像作品の外(つまりSNSやリアルタイム配信の中)でもキャラクターを演じきれるかという知性のほうがより重要になってくるのかもしれません。

[追記]

開発されている方々のツイートの中で出てきた話が面白かったので追記します。

「女優化」とまで書いておきながらその視点が抜けてたのは笑うしかないですが、現在人気のあるYouTuberが事務所に所属してタレント活動を行っているように、バーチャルユーチューバー達も事務所の所属タレントになることが考えられます。

東雲めぐにもいくらか設定としての決め事があるかもしれませんが、基本的には東雲めぐという存在、人格自体にファンがついています。そのため、今後はアニメの世界にも映画やドラマのようにタレントのキャスティングという概念が入ってくることも考えられます。いくら人気があったとしても綾波レイエヴァ以外の作品に出ることは事実上難しいですが、特定のアニメ作品のキャラクターではないところからスタートしている東雲めぐは複数のアニメ作品に出演出来そうです。そして、アニメの番宣やCMに東雲めぐ自身が出ることも容易で低コストです。

 

そのあたりのことも踏まえながら、現在前例のない中でそういった声優のあり方に取り組んでいる東雲めぐとその中の人を見守っていきたいと思います。

 

 

ブラックパンサーについて(ネタバレあり)

昨晩、マーベルスタジオの新作「ブラックパンサー」を観て非常に感銘を受けたので、自分なりに感想をまとめてみたいと思います。

 

その前に、僕の現状の世界の認識についてです。

まず、データとして出ている事実として、資本主義の加速による富の偏りがあります。

そして、その富が特に集中しているのがアメリカのシリコンバレーにあるIT企業、特にAppleMicrosoft、Alphabet(Google)、AmazonFacebookのBIG5です。

これらの企業に共通する特徴は、例えそこにいくらかの欺瞞があったとしても、世界の人たちみんながそう望んでいなかったとしても、彼らがもたらす変化によって不利益が生じる人が沢山出てこようとも、強烈な意志と実行力で世の中を彼らの理想とする世界に作り変えていることです。

これらの企業は事業を通して手にした膨大な情報を背景として、人工知能の開発を進めています。また、自動車も電気自動車への移行による内部構造の変化にともない、これらのIT企業も含めた競争となってきます。自動運転技術やVR/AR、となんでもいいですが、この先の世の中に大きな変化をもたらすであろうあらゆるテクノロジーがコンピューターサイエンスの上に成り立ってきて、どうやらこの流れは止まることがなさそうです。

もし、従来のコンピューターとは比べ物にならない処理速度が出るという量子コンピューターの技術がより成熟したら、そのスピードは更に加速するはずです。

更にGoogleマップなどで兼ねてから都市についての検証を行っていたAlphabetはカナダのトロントで市内12メーカーの未開拓値において都市そのものの開発を行っています。

 

現時点でどの程度の人がこの都市に魅力を感じるのかはわかりませんが、人々が今よりももっと自由に自分の生きる場所を選べる時代になった時、グーグルがこれらの実験で提案するような都市で生きたいという人はかなり出てくるんじゃないかと思います。

 

さて、ここからようやく映画の話になりますが、ざっくりとあらすじです。

まず、本作の舞台となるワカンダ王国は世界から存在を隠しているテクノロジー立国として描かれています。

物語は主人公ティ・チャラの父であるティ・チャカ王の殺され、ティ・チャラが王位を継承するところから始まります。ティ・チャラは自国の国民を守ること(ひいては自国の国益を守ること)を第一に考えて国を発展させてきた父ティ・チャカを心から尊敬しており、当初は父と同様の方針で国を率いていくことを考えます。

物語の中盤から、父ティ・チャカがそういった国家の運営をする中で隠していた欺瞞とそれによって犠牲になったり、被害を被った人物の存在が明らかになってきます。

ワカンダに科学技術の発展を抑えられているジャバリ族もそうですし、父をティ・チャカに殺されたエリックもそうです。

エリックはワカンダとワカンダの科学技術を乗っ取り、そのテクノロジーを武器にかつての帝国主義のような振る舞いで世界を変えていこうと企てます。エリックとの王位をかけた決闘の際、心の優しいティ・チャラは自分の父がエリックにした行いに対する罪悪感のようなものから力が発揮出来ず、決闘に敗れてしまいます。

一命を取り止めたティ・チャラはハーブの見せる幻の中で父と父のやり方からの決別を宣言し、暴走するエリックを止めに戻ります。

エリックに勝利し、国王の座に戻ったティ・チャラは、ワカンダの本来の姿を世界に公開し、ワカンダの科学技術を世界に広め、富を世界に分け与えることとします。そして、エリックの住んでいた土地に国際支援センターを設立します。場所はカルフォリニア、シリコンバレーのある土地です。

 

僕はこのワカンダという国をIT企業のメタファーとして観ました。

父ティ・チャカのワカンダの運営のあり方は、IT企業が自分たちの利益を過剰に優先する姿に重なりますし、エリックの存在はそういった企業や資本主義に搾取された途上国であったり、資本主義で負けた側の存在と重なります。そして、エリックがワカンダを乗っ取ってやろうとしたことは、IT企業が自分たちの都合のいいようにテクノロジーで世界を過剰に変えていくことに対する警鐘のようにも思えます。

最終的にティ・チャラが選んだワカンダのあり方は、富めるものにはそれ相応の責任があり、社会の模範として振る舞う義務があるというノブレス・オブリージュの思想を体現するものです。

そのことを、これから益々一部の人や企業への富の集中が加速していきそうな現代に、資本主義の中心であるアメリカから、これまでの人類の歴史の中でずっと搾取されてきたアフリカの黒人を主人公にして描かれたことにはとても大きな意味があると感じました。

実際のところ、アメリカのIT長者がこういったことを何もしていないわけではなく、マイクロソフトの第一線を退いたビル・ゲイツはビル&メリンダ・ゲイツ財団という世界最大の慈善基金団体を設立し、世界の貧困や病気、教育などの問題の解決に力を入れています。その基金には投資家のウォーレン・バフェットも300億ドルの寄付をしているとのことです。

世界の格差の解消が人類の持続的な発展に繋がるといったような大きな視野での取り組みや行動を僕のような小さな人間が日々の暮らしの中でどこまで出来るについてはなかなか難しいところもあると思いますが、知らずに生きているよりはちゃんと知った上で生きていきたいなということを改めて考えさせられる映画でもありました。

古着についてのとりとめのない話

最近古着についてなんとなく考えていたことを書き残しておこうと思う。

僕は現在31歳なのだが、学生時代は比較的洋服が好きな人たちに囲まれた環境にいた。そういった環境の中で見てきた「古着好き」はざっくりと2パターンに分類出来るような気がいている。

①古着オタク

古着という文化自体が好きで、洋服ごとブランドごとアイテムごとの歴史に関心がある人。TALONのジップの形状から年代を特定する、みたいなことが好き。

こういう人は古着屋でバイトをして、中にはそのまま就職した人もいたな。

②文脈に執着しない古着好き

古着自体への愛着や知識は人それぞれだが、その古着のブランドや歴史といった文脈自体にそこまで執着せず、自分の感覚で自分なりにそれらを取り入れて、「結果的にかっこよければそれでいいでしょ」といった人。

この辺はわりとヒップホップのサンプリングに似てるなと思っていて、サンプリングソース自体に愛着や敬意があるかはそこまで重要ではなく、出来上がったものがカッコよければそれでいいといった感じ。

 

当時の僕はどうだったかというと①と②を足して薄めた感じだっただろうか。服の成り立ちや歴史について調べるのは好きだったけど、古着メインになることはなく、手持ちの洋服に少し取り入れるくらいの感じだったと思う。

僕自身が歳を取り、地方に移って環境が変わったこともあるけど、今も東京には①のような人種はけっこういるんだろうか?少なくともインターネット上であまり見かけることがないような気がする。アメカジについて熱く語る中年ってどこに消えたんだろう。

それはさておき、僕が学生だった12年ほど前は「数年前のブランド古着を買う人」に対して、周りがあまりいい評価をしていなかったような気がする。

①や②の人から見ると、「洋服や古着に強いこだわりがあるわけでもなく、かといって自分のセンスで何かを提案してみせるわけでもなく、ただブランド品を安く買いたいだけ」に見えたんだろうし、まぁそう考えるのも納得はいく。

そして、2018年現在の十代後半、二十代前半にとってもそういった感覚が残っているのかについてすごく興味があるが、たぶんそのあたりの感覚はだいぶ変わっていて、そういったことを特に意識することなく、メルカリで自分の好きなブランドで検索してバンバン買ってるんだろうなと思う。

理由としては

①(当然ながら)スマホの普及でネットオークション、フリマアプリがより身近になった

②日本全体の所得水準の低下により新品の服が高く感じられるようになった

③00年代のファストファッション台頭以降、アパレルメーカーにまともな価値提案をする体力がなくなり、トレンドの力やトレンドの更新力が鈍くなった

④本質的な価値のない古い洋服を”ビンテージ”と称して粗い値付けで売っていることがネットを通して消費者にバレちゃった

みたいな感じなのかもしれない。

だからどうしたって感じだが、特にこれ以上の話は特にないです。

それはそうと、古着屋を巡っていた当時の記憶は今でもいい思い出だな

過去に捨てられた可能性について

二つの記事を読んで、最近ぼんやりと考えていた事をまとめてみたいと思います。

 

一つ目が、先日ロケットの打ち上げに成功したアメリカの民間企業SpaceXと、そのロケットに使われたクラスターロケットというエンジンについてです。

 

この記事にもありますが、1969年から1972年にかけてソ連が小型のロケットエンジンを沢山束ねて一つのエンジンとして使うクラスターロケットを用いたロケットを開発しましたが、当時の未発達な技術ではエンジンを制御仕切れず、打ち上げは全て失敗しました。その結果、少数の巨大なロケットエンジンを使用したロケットが主流となり、現在に至ります。

ところが、今回打ち上げられたSpaceXのロケット「Falcon Heavy」のエンジンは、クラスターロケットが用いられました。一基のブースターに9つの小型エンジンを搭載し、三基のブースターで、つまり計27つの小型エンジンでロケットを飛ばします。

これは近年のコンピューターの発達により、沢山の小型エンジンを細かく制御することが可能になったため実現したことであり、それを民間企業が成し遂げたことに多くの賞賛の声があがりました。

 

二つ目は、電気自動車(EV)についてです。

自動車の歴史を振り返ると、電気自動車はガソリン車よりも先にこの世に生まれ、1850年代頃から1900年代前半頃まで有望視されていたようです。

ところが1910年頃、アメリカのフォード社がガソリン車のフォードT型の大量生産を実現すると、電気自動車はガソリン車に走行性能、生産性、市場価格で大敗し、一気にガソリン車の時代になりました。

その後も電池の技術革新の時やオイルショックの時などに度々電気自動車の話題が挙がるものの、ガソリン車に取って代わるほどのものは生まれず、ご存知の通り、現在にいたるまでガソリン車(ハイブリッド車含む)が中心の世の中です。

しかし、近年、リチウム電池の性能の向上などから電気自動車(EV)の話題が多く聞かれるようになってきました。すでに電気だけで走る電気自動車も市場に出回っており、GoogleMicrosoftなどのこれまで自動車に関わってこなかったような会社のEV新規参入の話も聞かれ、日本のTOYOTAも昨年12月にパナソニックと組んで本格的に電気自動車(EV)に取り組むことを発表しました。今回はどうやら本当に電気自動車(EV)がガソリン車に取って代わっていくことになりそうです。

 

これらのニュースは、過去に技術的に実現できなかったり、他のアプローチとの競争に負けて捨てられてしまったアプローチが、テクノロジーの発達により再度可能性のあるものとして浮上したということです。こういったことを「歴史の針を巻き戻した」という表現するメディアもあるようですが、個人的には「歴史の針が一周回ってきた」と言う方が適切なように思えます。

 

さて、他にも人類にとっての「他のアプローチとの競争に負けて捨てられてしまった(もしくは縮小してしまった)アプローチ」がないかを考えてみると、「資本主義に負けてしまった共産主義(あるいはその前段階としての社会主義)」というものが思い浮かびます。

では、社会主義にとって「歴史の針が一周回ってくる」ようなことがあるでしょうか?

ここからは思考実験のようにもなりますが、少し考えてみたいと思います。

まず、社会主義の問題点としてよく言われることが

社会主義では資本主義のように新しいものを開発したり生産性を高めるモチベーションが上がらないため、技術力や産業力で資本主義に負けてしまう(戦争でも)

②政治腐敗がおこり、平等で公平な分配ができなくなる

という二点です。

これらについて語る上で、最近話題になっているAIとブロックチェーンがキーワードになりそうです。

まずAI(人工知能)については、近い将来(2045年とよく言われます)AIが人間の知能を超える日、シンギュラリティ(技術的特異点)がきて、機械やAIが今人間が行っている仕事をこれまで以上に担うようになると言われています。僕個人としても、そんな簡単なものかな?という気持ちもありつつ、そんな未来が楽しみでもあります。

もしもそういったことが本当に実現していくと、時間が経つごとに人間はどんどん労働から解放されていきます。当面はAIの学習や機械の開発をする人間が必要でしょうが、そのうちAI自身が学習して労働の生産性を高めていくかもしれません。そうやって、機械やAIが生み出す富やモノで人間がある程度生きていけるようになった時、機械の労働に税金をかけて、ベーシックインカムで人間が暮らすようになるのではと言われています(もちろん全員が労働しなくなることはないはずですが、働きたくない人は働かなくてもいい社会のようなイメージです)。集められた税金の公平な分配については、AIが判断を下し、ブロックチェーンのスマートコントラクトにて実行されれば、権力者による搾取も生まれにくくなりそうです。

正直こんな簡単な話ではないでしょうが、「高度に発達した資本主義社会で生み出されたAIやブロックチェーンなどのテクノロジーが普及し、その結果として生まれてくるアップデートされた社会主義」みたいなもの輪郭がボンヤリと見えてきたような……気がしなくもないです、本当にボンヤリと。 

ブロックチェーン以降のゲームについて考える

昨晩、イメージが一気に広がったので書き残しておこうと思います。

理解が足りておらず間違った記述もあるかもしれないですがご容赦ください。

また、ブロックチェーン技術はまだまだ発展途上であり、世の中の仕組み自体も全くブロックチェーン技術に対応していないため、ここに書いたことが仮に実現するとしても沢山の人が遊べるようになるまでにはまだまだ相当な時間がかかるであろうこともご理解ください。

では、ひとつひとつ整理していきます。

 

トークンについて】

まず、”仮想通貨”という言葉から、 今暴騰暴落で話題になっている全ての仮想通貨が「通貨」としての役割に特化したもののように思われがちですが、そうではありません。

ブロックチェーン技術(もしくは分散型台帳技術)の上で運用される様々な価値がそれぞれの仮想通貨として売買されています。

そして、「通貨」の役割に特化させたもの、つまりブロックチェーンの上で「通貨」を運用したものの代表がビットコインになります。

では、仮想通貨市場で現在ビットコインに次ぐ時価総額2位のイーサリアムはどうかというと「分散型アプリケーション (DApps) やスマート・コントラクトを構築するためのプラットフォーム」という説明がなされます。詳細は省きますが、イーサリアムブロックチェーン上で様々なことが実現可能ということです。

イーサリアムで実現出来ることの一つに「トークンの発行」が挙げられます。トークンとは、イーサリアムブロックチェーン上で運用される「通貨」のことです。つまり、企業や自治体、そして個人にいたるまで、誰もがビットコインのような通貨を発行出来るようになるわけです。今後、このトークンが沢山の経済圏を生み出すと考えられており、「トークンエコノミー」という言葉で最近はよく語られています。

そして、トークンはおそらくゲームと物凄く相性がよく、今後イーサリアムなどで作られ、ゲーム内でトークンのやりとりをするゲームが出てくるはずです。

では次にゲームにおけるトークンの発行主体についてです。

 

トークンの発行主体】

色々な可能性が考えられますが、大きく分けて

①一つのゲームの中だけで利用される独自トーク

②一つの企業が発行して、その企業に関連する複数のゲームで使える企業トークン(ミクシィトークン、任天堂トークン、ソニーが発行しプレステのゲーム全てで使えるプレステトークンなど)

③複数の企業が採用して、たくさんのゲームで使われるトーク

の3種類になるかと思います。

①では、そのゲームに人気が出て、取引量や取引総額が大きくなると、そのトークンの価値も一気に値上がりします。しかし、そのゲームから人が離れると逆に大きく値を下げるはずです(リスク大、リターン大)

②では、一つのゲームが当たったりこけたりしても、そのトークンが使われる複数のゲームでリスクが分散されていたり、その会社がこの先作るゲームへの信頼や期待によって価値が保たれたりすることも考えられ、①よりはリスクが減りそうです(リスク中、リターン中)

③では、②よりもさらに多くの企業やゲームでリスクが分散されることとなります(リスク小、リターン小)

ただ、現時点では完全に未開拓の市場なので①〜③のどれであってもリスク大、リターン大となるかと思います笑

ちなみに調べてみたところ、③を想定したイーサリアムベースのトークンはすでに売り出されていました(このトークンの信頼性や将来性を保証するものではありませんので、投資は自己責任でお願いします)

 

【今後のゲーム】

イーサリアムを使ったゲームは実はすでに何個か出てきており、今後も色々と出てくるものと思います。


そんな中で真っ先に流行りそうなものはカードゲームのようなものではないかと想像します。

遊戯王カードやマジックザギャザリングのようなものがスマホで出来るようになるということです。そんなもの今でも腐るほどある、と思うかもしれませんが、これまでと違うところはトークンの存在です。つまりに、スマホのゲーム内で獲得したカードをトークンを介して売買することが出来、その値段は需給関係で決まってきます。そして、そのトークンは法定通貨、つまり日本円などとも交換が可能なため、ゲーム内のレアカードが遊戯王カードのブルーアイズホワイトドラゴン(初期)と同じようなものになってくると思われます。

パズドラのようにモンスターのレア度と育成が組み合わさったゲームにおいては、レア度と育成具合によって市場での価格が決まってくるでしょう。

このあたりはわりとシンプルな発想ですし、実現も比較的しやすいかと思います。

 

そして、僕が想像するだけでワクワクしてしまうのはオープンワールドのゲームの中にトークンエコノミー、つまり小さな経済が生まれることです。

ここからは完全に僕の妄想になりますのでご容赦ください。

まず、そのゲームの世界では大きく分けて冒険者と生産者(のプレイヤー)が存在します。

冒険者側のプレイヤーは世界に散らばったダンジョンなどに出向き、敵を倒したり拾うなりしてアイテムを収集します。そのアイテムはレア度などを含めた需給関係によって値段が決まり、ゲーム内の市場でトークンとして売買出来ます。RPGに経済が絡んでくるような形ですね。

しかし、冒険者はあちこちを動き回っているとお腹が減ってくる(トルネコ風来のシレン方式)ので、冒険に食料を持っていく必要があり、その食料を生産者が作ります。

生産者側のプレイヤーは作物や動物の育成シミュレーションゲームを楽しみます。そして、その過程で出来た食べ物も、同じくゲーム内の市場でトークンを介して売買することが出来ます。

次に、冒険者はダンジョンへの移動コストを考え始めます。移動にかかる時間も短縮したいですし、なにより移動距離が長いと沢山食料を消費しなければいけません。そうなった時にゲーム内で移動に携わるプレイヤーも出てくるかもしれません。つまり、ゲーム内の乗り物(馬なりバイクなり)を購入(初期投資)して、それを使って冒険者を運ぶことで幾らかの運賃を得るような遊び方です。運賃はチャットやボイスチャットなどで交渉して決めることも出来そうです。

話をわかりやすくするために、冒険者と生産者にわけて考えましたが、生産者としてシミュレーションゲームを行い、そこで作った食料を持って冒険に出かける兼業農家になってもいいわけですよね。ほかにも冒険者が自分で乗り物を買い、乗り物での移動途中で同じ方向に向かうプレイヤーを拾って、送ってあげた代わりに運賃をもらう、なども考えられます。

そして、このようにゲーム内に小さな経済が生まれると、もっと多様なプレイの仕方も出てくるかもしれません。例えば、プレイヤーが多く集まるような街(や拠点)では、食料の需給関係が安定して一定の価格で売買されているけど、ダンジョンの奥地では食料を求めるプレイヤーに対し食料の供給が足りなくなるので、街よりも高い値段で食料が売買されることになります。そう考えるとこれまでのゲームにも存在した”ダンジョンの中で異様に高い値段でアイテムを売りつける謎の商人”の存在がスッと理解出来る気がしませんか?あれは、街で食料を仕入れ、敵に倒されるリスクを負いながら移動コストを支払ってダンジョンの奥地まで物を売りにやってきたプレイヤーそのものだったのです。そういった遊び方も可能になってきます。

このようなゲームを実現するには、おそらく死ぬほど繊細なゲームバランスが必要だと思います。例えば、食料は消費されて消えていくのに、冒険者が集めてくるアイテムの流通がずっと増え続けていくようではいけないので、武器や防具などが使用とともに壊れるようにしないといけないです。既にそういったゲームは沢山あるし、直近ではNINTENDO SWITCHゼルダなどもそうでしたが、プレイヤーの損得に直接関わってくるためバランスのシビアさはより求められそうです。

さらに言うと、冒険者側のRPGと生産者側のシミュレーションゲームとの間に面白さの差が大きくあると、食料の需給関係が崩れます。RPGが面白すぎて冒険者側のプレイヤーばかりが増えすぎると、食料の需要が供給を大きく上回り、食料の値段が上がって、「冒険者として1時間行動するのに食料代が600円かかる」みたいなことも起こり得ます。そうした時に、賢いプレイヤーは生産者側に回ってお金を稼ぎ、そういったところが見えていない若年層は冒険者にとどまって損をしてしまうかもしれません。このような難しさや課題は当然生まれてくるだろうなと思います。

 

【想像出来ることと課題】

・ここではゲームをプレイする前提で話をしてきましたが、トークンの投資としての利用価値はゲームをするしないに関係ないですよね。つまり、【トークンの発行主体】で触れたWAXを今購入している人は、これからWAXを使用したゲームが増えて、WAXの価値が上がると考えているわけです。例えば、今後日本の会社が自社のゲームで使うトークンを発行したような場合、それを使ったゲームがヒットするだろうと考えたならば、安い段階でトークンを掴んでみるというのも面白いかもしれません。(自己責任で)

しかし、そういった投資としての市場の動きがゲーム内の物の売買価格に影響してくることにもなります。面白いような、恐ろしいような話ではありますが。

・ここまでゲームのシステムとプレイヤーの損得が密接に結びついてくると、新しいパッチを適用したり、アップデートがされるたびにトークンの価値が変動することが考えられます。例えば、上の例でいうところの移動にかかわるプレイヤーが、移動手段として馬を購入し、冒険者を乗せて購入代を回収しようと考えていた矢先に、アップデートでバイクが登場して誰も馬に乗らなくなった、といったようなことが起こり得ます。世の中的には時々ある話ですが、それをゲームのプレイヤーがどこまで許容出来るかはわからないですね。

・日本の税制についてですが、現在、仮想通貨(及びトークン)の売買で生じた利益に対しては、雑所得として税金が課税されます。つまり、制度がこのまま変わらなければ、ゲーム内の物の売り買いであっても、そこで一定以上(年20万円以上)のお金を儲けた場合、プレイヤーは確定申告をする必要があります。これは普及に向けて凄く大きな課題、障壁となりそうですし、少なくとも今の制度のままではまともに普及しないように思えます。これは社会の仕組みが仮想通貨を受け入れた形で変わっていくのを待つしかないかもしれません。

・仮に税制がこういったゲームをある程度許容するように変わってきたとしたら、親の協力を得ながら、もしくは自分で税制について勉強しながらこれらのゲームをプレイする若年層も出てくるかと思います。そうなった時、ゲームを通して実際に損をしたり得をしたりしながら、生きた経済を体で学んだ若い人たちがどういう大人になっていくのかはすごく興味深いです。少なくとも起業意識は物凄く高まりそうに思えます。

・ゲームにお金が絡んでくると、これまではマイナーな職業だったプロゲーマーの社会的な立ち位置が変わってきて、大きな注目を集めるように思えます。また、さきほど想像したようなゲームの中でも集団で、組織的に利益をあげようとする人たちが出てきて、一般のゲームユーザーとの間でいざこざが発生するようなことがあるかもしれません。そして、これまでのオンラインゲームやスマホゲームですら社会問題になるほど熱中してしまう人が出ているのに、そこにお金が絡んできた時にどのようなことになるのかは想像も出来ません。加熱具合によっては規制の話なども当然出てくるだろうなとは思います。

 

【総括】

ここで書いたことが実際に実現するのか、絵に描いた餅になるのかはわかりません。

仮に実現したとしても、今から何年後になるのかもわからないですが、プロジェクトとして色んなところで少しずつ動いているようです。

ゲームの未来を考えた時、例えばVR/ARなんかがどう絡んでくるのか、など切り口や方向性は色々ありますし、ここで書いたこともそういった可能性のひとつとしてだろうとと思います。

色んなことが大きく変わるような時には面白さと恐ろしさが同時にやってきますが、必要以上に怖がっていても仕方がないので楽しみながら関心を持ってみていきたいと思います。