私的年間ベストアルバム2017
【総括】
自分の好きな音楽の傾向としては、去年からの流れでこのリストに挙がるジャズやラテンの数が増え、そのぶんヒップホップやR&Bの名前が自然と挙がってこなかった。今年はどうやらそういう気分だったようだ。各音楽メディアの年間ベスト上位にヒップホップやR&Bがバンバン入っていて、時代のムードと自分との乖離がすこし心配にもなるが、まぁ音楽を楽しめてるなら別にいいかってことで無理くり納得させている。
ブログに年間ベストを書き始めて今年で4年目。自分が飽き性なこともあって、わずか4年の間に自分の聴く音楽の傾向もかなり変わってきていることがわかるし、今から更に5年後10年後に過去の自分を振り返るための記録として、毎年この面倒くさい作業を続けていけたらいいかなとは思っている。
一応去年一昨年のリンクを。
前置きは以上。
見てくれた人にとって、ほんの少しでも参考になったなら幸いだ。
25. Julian Lage & Chris Eldridge / Mount Royal
ジャズギタリストのジュリアン・ラージと、パンチ・ブラザーズのメンバーでギタリストのクリス・エルドリッジによるギターデュオアルバム。二人の卓越したギターで安心して聴くことが出来るアメリカーナ。
Julian Lage & Chris Eldridge - Bone Collector - YouTube
24. けもの / めたもるシティ
シンガーソングライター青羊(あめ)のソロプロジェクト、けもの の2ndアルバム。
菊地成孔のレーベル、TABOOよりリリース。
日常にも町にもなんの変化も感じられない生活を送る田舎者の僕にとって、2020年に向けて開発が進む東京はまさしく”めたもるシティ”のように思われる。
3曲目の「PEACH」と7曲目「tO→Kio」がとくにお気に入り。
23. Jovino Santos Neto And André Mehmari / Guris
アンドレ・メマーリとジョヴィーノ・サントス・ネトの連名作で、エルメート・パスコアル80歳の誕生日を祝うパスコアル・オマージュの本作。それぞれが様々な楽器を持ち替えて演奏している。
御大パスコアル本人もスペシャルゲストで3曲ほど参加している。使用楽器はもちろん「TEAKETTLE=ヤカン」だ。
22. 小田朋美 / グッバイブルー
2013年リリースの「シャーマン狩り」以来、4年ぶりとなる小田朋美の新作。
「シャーマン狩り」は僕にとって2013年のベスト級の作品であり、メーカーインフォ?に書かれた"才媛"という言葉がまったく嘘偽りないことを聴いた誰しもに痛感させる内容だったと思う。
そんな小田朋美の置かれている状況もここ4年の間に大きく変わっているようで、DC/PRGへの加入、ceroのサポートメンバーとしての活動、今引っ張りだこのドラマー石若駿らと結成したバンドCRCK/LCKSでの活動など、日本の音楽界の隠れた重要人物のようになっている。
さて、本作はピアノの弾き語りもしくはインスト(とチェロが加わる曲もある)で構成されている。前作の「シャーマン狩り」と比べると、ピアノが遠くのほうで鳴っているように録音やミックスがなされているとうだ。その分空間を感じられ、ボーカルが立って聴こえてくる。本作では、より歌を聴かせたいという意図があったのかもしれない。ちなみに一曲目の「あおい風」が一番好き。
余談だが、CRCK/LCKSの新譜「Lighter」収録の「傀儡」という曲は、曲中で小田さんが「好き」と50回くらい歌ってくれるので小田さんフリークにはご褒美だった。
21. Vijay Iyer Sextet / Far From Over
今年の音楽界の大きな出来事として、「ECM(及びECM New Series)のサブスク参入」が挙げられるかと思う。ジャズ(とクラシック、現代音楽)の最重要レーベルでありながら、これまで頑なにサブスクに参入してこなかったECMも「まずは聴いてもらうことが大事」という判断の元、保有するカタログの大部分を公開した。これによってECMがこれまで積み上げてきた物凄い質と量のお宝に容易にアクセス出来るようになったわけで、これまで「サブスクにはECMがないからね〜(だからまだCDを買わないと)」と言っていたジャズファン各位も、本当に音楽にお金を投じなくてもなんとかなる時代に突入した感がある。
さて、そんなわけでヴィジェイ・アイヤーの新作もサブスクで聴けてしまうのだ。
一聴するとECMらしくないハードな印象を受けるが、先鋭的でインテリ感溢れるところが気に入っている。
20. 岡田拓郎 / ノスタルジア
2年前に解散したバンド、「森は生きている」の中心人物だった岡田拓郎のソロアルバム。
2017年現在のUSインディーシーンの現状はというと、人によって見方は違うかもしれないがひとまず成熟したというべきだろうか。では、日本の若手ミュージシャンの中で最も00年代から10年代にかけてのUSインディーを総括し、消化し、ただ表層をなぞるのでなく自身の音楽として昇華しようと試みているのは誰かというと、この人になるのではないだろうか。
Okada Takuro - Amorphae (Feat. Mifune Masaya) - YouTube
19. Thundercat / Drunk
フライング・ロータスやカマシ・ワシントンの作品、ケンドリック・ラマーの「To Pimp a Butterfly」への参加など、西海岸のかっこいい音楽のクレジットに頻繁に名前があがっていたサンダーキャットことステファン・ブルーナーの新作。
フュージョン、AOR、メロウなSOUL、シンセポップ風味など、様々な音楽が2〜3分単位で矢継ぎ早に移り変わっていくため、アルバム全体を一言で説明するのは困難だ。しかし、トータルとして聴いたときに不思議と散漫な印象がなく、まとまって感じられるのが本作の美点ではないかと個人的に思う。
Thundercat - 'Show You The Way (feat. Michael McDonald & Kenny Loggins)' (Official Video) - YouTube
Thundercat - 'Tokyo' (Official Video) - YouTube
18. Dominic Miller / Silent Light
長年スティングのサポートギタリストを務めているドミニク・ミラーのECMから出たソロ作品。
ECMからリリースされる音楽も様々だが、個人的な印象としてはリリースされる作品の多くが音の細部を味わうべき音楽であり、聴き手に集中力や緊張感を要求するものであるように感じている。
一部ベースやパーカッションが入る曲があるが、ほとんどドミニク・ミラーのギターが中心となっている本作。やはりECMなだけあって本当にギターの音が美しく録音されているのだが、(いい意味で)ながら聴きや流し聴きをしていても楽しめるような穏やかで優しい曲が並んでいる。心がざわざわする深夜などにヘッドホンで聴いていると本当に心が休まる思いがする。
Dominic Miller – Water (from the album Silent Light) - YouTube
17. 柴田聡子 / 愛の休日
シンガーソングライターであり詩人の柴田聡子の4枚目のアルバム。
岸田繁プロデュース曲「遊んで暮らして」「ゆべし先輩」、山本精一プロデュース曲「リスが来た」を含む、全13曲収録。
柴田聡子の音楽の良さについて問われた時、やはり「詞」に依るところが大きいということに異論はさほどないのではないかと思う。もちろんいいメロディーがあってこその詞であることは間違いないのだが、日常の中に生まれる機微や屈託を柔らかな眼差しで拾い上げたような詞こそがこの人の音楽をオリジナルなものにしていると感じる。
その他の曲も素敵なものばかりだが、とりわけわずか2分40秒の中に素晴らしいポップスに宿る煌めきと感情の揺らぎが凝縮している「後悔」という曲が大好きだ。
柴田聡子「後悔」(Official Video ) - YouTube
16. Sam Amidon / The Following Mountain
サム・アミドンはフォーク・ミュージシャンの両親のもとで幼少の頃からトラディショナルな音楽の教育を受けていたおり、そういった音楽に新たな解釈やスタイルを加えて独自なものとして蘇らせてきた。そのサム・アミドンのノンサッチからの3作目で、全て本人のオリジナル楽曲であり、サム・アミドンにとって新しい試みである。
ということだそうだ。
知ったかぶりをしても仕方がないので白状するが、このミュージシャンについてはこの作品で初めて知ったので、過去作なども聴いていない。
そんなわけで大したことは何も言えないのだが、フォーキーでありつつも音響的な拘りが強く感じられ、トラディショナルとモダンの折衷具合が見事だと感じた。
Sam Amidon - Juma Mountain - YouTube
コーネリアスの「SENSUOUS」以来、11年ぶりとなるオリジナルアルバム。
先行配信された一曲目の「あなたがいるなら」は僕個人にとってとても大切な、2017年を彩ってくれた一曲として今後も記憶されていくだろうと思う。(個別に書いたブログ記事はこちら(「あなたがいるなら」)
さて、本作の特徴としては、やはり小山田圭吾本人の歌モノ回帰であったろうと思う。
インタビューで「しばらく自分が歌うことをやってこなかった(ため本作では歌うことにした)」と語っていた小山田圭吾だが、「Point」「SENSUOUS」以降のコーネリアスのサウンドの上に歌を乗せる試みとして、やはりSalyu×Salyuなどのプロジェクトの中でかなりの実験が行われ、手応えを感じていたのではないかと思う。もちろん単純にボーカリストとしてみたとき、小山田圭吾はSalyuほど歌が達者ではないのだろうが、自身のサウンドに歌(と言葉)をはめ込むセンスは本作でも十二分に感じられる。小山田圭吾の歌詞に対する考え方は「音楽とことば」という本で詳しく語られており、とても面白く読んだのでおすすめしたい。
本作に限らずだが、坂本慎太郎が詞を提供したコーネリアスの歌モノの魅力は本当にすごいものがあり、今後もぜひ継続して聴かせてほしいところだ。
余談だが、STUDIO COASTでのライブはとても素晴らしかった。
Cornelius - 『あなたがいるなら』"If You're Here" - YouTube
Cornelius - 『いつか / どこか』" Sometime / Someplace " - YouTube
14. ものんくる / 世界はここにしかないって上手に言って
菊地成孔のレーベルTABOOからリリースされた ものんくる の3rdアルバム。
本作より、角田隆太とボーカルの吉田沙良の2名体制となっており、角田隆太はものんくるでの活動に力を入れるためにCRCK/LCKSを脱退している。
ちなみに角田隆太の父親はリュート奏者のつのだたかしで、父方の伯父に「空手バカ一代」を描いた漫画家のつのだじろうが、父方の叔父に歌手でドラマーのつのだ☆ひろがいるとのこと。(どうでもいい情報)
さて、1stアルバムでは6〜9分、2ndアルバムも5〜6分とポップスとしては長めの曲が多かったものんくるだが、本作では菊地成孔から「曲を短く」という指示があり、3〜4分程度の曲が多くなっている。
加えて、サウンドや歌詞も前々作、前作と比較すると、自分たちの生活範囲や手の届く身近な世界、感情を詩情ゆたかに描いているように感じられ、日常のサウンドトラックとして馴染みやすくなっているように感じられる。
ものんくる / ここにしかないって言って 【MV】 - YouTube
13. Tigran Hamasyan / An Ancient Observer
アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアンの新作。Nonesuch Recordsからリリースした2枚目の作品で、声やドラム音、シンセなどが入っているが、ほとんどピアノソロといっていいような内容となっている。
ティグラン・ハマシアンの音楽について語られるとき、多くの場合アルメニアの伝統音楽が引き合い出される。本作も故郷のアルメニアでの何気ない生活からインスピレーションを得て制作されたとのこと。僕はそのあたりの音楽に全く明るくない上に、アルメニアという国の国民性、歴史、風土などについてもウィキペディアをさらっと読んだ程度にしか把握していないが、この音楽を聴いているとティグランの想像力で描かれたアルメニアを旅しているような気分になる。どことなく悲しみが根底あるような、しかし美しい国、そんな感じがする。実際のところは知りません。
Tigran Hamasyan - The Cave of Rebirth (Official Video) - YouTube
Tigran Hamasyan - Leninagone (Official Video) - YouTube
韓国のアーティスト、公衆道徳(すごい名前)による宅録作品で本国では2015年にリリースされているようだ。
Lampの染谷太陽さんの元に韓国のファンからこのCDが送られてきて、染谷さんがそれを気に入り、日本ではLampのレーベルBotanical Houseから今年リリースされたという流れだ。染谷さんが韓国のミュージシャンたちに公衆道徳のことを聞いてみたところ、みんな存在こそ知っていても顔や素性などはまったく知らず、本国盤のリリース元に問い合わせてようやく連絡が取れたというくらい謎の人物らしい。
内容はというと本人のメイン楽器がギターということもあって、ギターが各曲の中で大きな役割を果たしているのだが、その周りを微かな電子音やノイズ、コーラス、その他様々な楽器の音がコラージュのようの取り囲んでおり、曲自体もこちらの予想を裏切るような展開で進んでいくので、どことなく万華鏡を覗く時のような面白さがある。
ポップで、ストレンジで、無邪気で、アイディアに溢れていて、宅録オタクの音楽に対する情熱がつまっている、そんな作品に思える。
染谷さんによるインタビューもぜひ。
Botanical House — 公衆道徳 Interview (聞き手:Lamp / Botanical House 染谷大陽)...
11. Kamasi Washington / Harmony of Difference
自分でいうのもなんだが、世間的にみてそれなりに音楽が好きなほうであろう自分でも、3枚組のアルバム作品と真正面から向き合うには相当エネルギーが要る。音楽なら40分50分くらいのアルバムがちょうどいいし、映画も100分110分くらいできっちりまとまってるものが好きだし、漫画もせめて単行本10冊くらいでまとめてほしい。そんな人間だ。
カマシ・ワシントンの2015年リリースの前作「The Epic」は3枚組170分と凄まじいボリュームがあり、リリースされた年以降はあまりにヘヴィー過ぎて結局それほど聴かなかった。
本作は6曲計32分の組曲となっている。1〜5曲目で主題を提示し、それらの主題を使った6曲目、13分30秒とわりと長尺で壮大な「Truth」で〆られる。単純に各曲の主題が美しく、曲調にも緩急があって一本調子になっておらず、最後の「Truth」を聴き終えた時には何か大きな物語が完結したような感覚を覚える。たった32分で完結する、とても素晴らしくて内容の濃い映画を観たような感じだ。
一応最後の曲「Truth」のMVを貼るが、この作品に関しては特にアルバムを通して聴いてみてほしい。
Kamasi Washington - Truth - YouTube
10. Kart Rosenwinkel / CAIPI
ジャズギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの新作。
出る出る詐欺を繰り返し、10年かけてようやく完成した本作はブラジル音楽に対する憧憬が素直に出た一作。曲によってはプレイヤーを招いているが、カート・ローゼンウィンケル本人が各種ギター、ベース、ピアノ、ドラム、パーカッション、シンセなどの大部分を演奏している。
本作のリリースにあたって行われた来日公演では、ペドロ・マルティンスやアントニオ・ロウレイロといったブラジルの若くて優秀なプレイヤーを招聘し、KURT ROSENWINKEL'S CAIPI BANDとして演奏している。
ミナス周辺の音楽にみられる浮遊感というか揺蕩うような印象もありつつ、技巧的なギターのフレーズが冴える一枚。
9. Fabian Almazan & Rhizome / Alcanza
アメリカで活動するピアニスト/作曲家、ファビアン・アルマザンのボーカル+ピアノトリオ(+ゲストでギターのカミラ・メサ)に弦楽四重奏を加えたプロジェクトでの新作。本作はCDのリリースの予定はなく、配信のみとのこと。
ファビアン・アルマザンは、キューバ生まれで10歳の時に両親とともアメリカに亡命し、若い頃はピアノを習うお金にも苦労したようだ。その後、マンハッタン音楽院に進み、ジャズピアノと管弦楽法を学んでいる。クラシックにも精通しており、昨今のラージアンサンブルと呼ばれる音楽ほど大きな編成ではないものの、コンポジション主義の音楽であるという点では近いものが感じられる。
本作は、間にピアノ、ベース、ドラムのソロパート的な曲をそれぞれ一曲ずつ挟みながら、Alcanza Suiteという9つの組曲で構成されており、激しさと叙情性のバランスが素晴らしくて刺激的な作品だった。
8. Becca Stevens / Regina
ベッカ・スティーヴンスの新作。
過去作と比べてエンジニアリングの比重がグッと増し、オーバーダビングで重ねられたボーカルのハーモニーは美しく、スケール感も大きくなった本作。いい意味でのメジャー感を獲得した作品のようにも思う。
個人的には彼女の最高傑作だと思うし、ジャズシーンという枠の中に閉じ込めず、ピッチフォークあたりがバーンとBest New Musicをあげてもいいような内容になっていると思う。
7月のCotton Clubでの来日公演にも足を運んでみた。4人の小編成ながらも豊かでかっこいいバンドサウンドを聴くことが出来て満足だった。特に、ジェイコブ・コリアーとの共作で本作にも収録されている「As」(スティーヴィー・ワンダーのカバー)をアンコールで聴かせてくれた時のチャランゴの柔らかな響きと歌声の清新さが忘れられない。 As (Stevie Wonder Cover) - YouTube
リリース当時はサブスクでも聴くことが出来た(ような記憶がある)が、2017年12月14日現在は聴けなくなっている。もっと多くの人に聴いてもらいたい作品だ。
Becca Stevens - Well Loved (Official Music Video) - YouTube
7. Hermeto Pascoal / No Mundo Dos Sons
欧米の音楽的流行とはまったく無関係のところで今年はエルメート・パスコアルの年だったといえるのではないかと思う。自身のグループ名義としては15年ぶりとなる本作に加え、76年の未発表スタジオセッション「VIAJANDO COM O SOM 」、新作ビッグバンドアルバム「NATUREZA UNIVERSAL」がリリースされている。未発表音源はさておき、齢80を超えてオリジナルアルバムを二枚リリースする活力たるや……。
自分でいうのもなんだが、世間的にみてそれなりに音楽が好きなほうであろう自分でも、2枚組のアルバム作品と真正面から向き合(略
そのため、本作がアルバム2枚組90分弱だと聴いた時に若干「ウッ……」と思ったのは嘘偽らざる気持ちだ。しかしながら、各曲でマイルス、ピアソラ、トム・ジョビン、エドゥ・ロボ、ロン・カーター、チック・コリアなど、様々なミュージシャンにオマージュを捧げ、その対象の音楽的要素を取り込みながら全体としてはパスコアルの音楽としか言いようのないエネルギッシュ創造的な90分を堪能した後は、そんな気持ちは全く無くなっていた。「創作意欲が溢れに溢れて、捨てる曲がなくなり、この長さになってしまった」ということがありありと伝わってきたからだ。全盛期と比較しても遜色がないどころか、僕個人としては本作がパスコアルの最高傑作ではないかとも感じられた。恐るべき80歳だ。
No Mundo dos Sons | Hermeto Pascoal & Grupo | Álbum Completo | Selo Sesc - YouTube
6. Chris Thile / Thanks for Listening
Punch Brothersのメンバーであり、マンドリン奏者のクリス・シーリのソロアルバム。ノンサッチ・レコーズからのリリースで、全編歌モノとなっている。
クリス・シーリは2016年からカントリー・ミュージックを中心としたアメリカの長寿バラエティ番組「プレーリー・ホーム・コンパニオン」の2代目パーソナリティを務めているらしく、毎週その番組で新曲を発表し、番組のハウスバンドと演奏しているらしい。その中から抜粋した10曲を再度レコーディングしたのが本作とのことだ。
クリス・シーリは幼少時よりキャリアをスタートし、ブルーグラス、フォーク、カントリー、ジャズ、クラシック、インディーロックなどの様々な音楽を消化して、ヨーヨー・マとバッハを演奏したアルバムと作ったり、(これも今年の作品だが)ブラッド・メルドーとのデュオアルバムと作ったり、パンチ・ブラザーズでブルーグラスに新しい風を吹き込んだり、と多岐に渡る活動を行ってきた。
もちろん本作もそういったものを積み上げてきた先にあるものだろう。ただ、本作はクリス・シーリのシンガーソングライター性のようなものが全面に出ているように感じられるし、ポップスとしての感触が強い作品だったように思う。
Chris Thile - Thank You, New York - YouTube
Chris Thile - Elephant in the Room (Official Audio) - YouTube
5. Nai Palm / Needle Paw
オーストラリアのバンド、ハイエイタス・カイヨーテのVo&G、ネイ・パームのソロアルバム。
ボーカルは重ねているが、基本的にギターの弾き語りに近い内容となっており、ハイエイタス・カイヨーテのセルフカバーが6曲ほどと、ジミ・ヘンドリック、デヴィッド・ボウイ、レディオヘッドなどのカバーなども収録されている。
本作を聴いてハッキリしたことは、ネイ・パームこそがハイエイタス・カイヨーテというバンドの紛れもない中心人物だということだ。
収録されているハイエイタス・カイヨーテのセルフカバーを聴いてみても、バンドでの録音から音数が減っていることによる物足りなさなどは一切感じられず、むしろネイ・パームの突出した個性に圧倒される。
そして、ハイエイタス・カイヨーテの音楽が如何にメンバー間の民主主義の結果であり、最大公約数的に出来た音楽だったのかが浮き彫りになってしまうようにすら思われる。そのくらいネイ・パーム個人の音楽性の豊かさや懐の深さがギターの弾き語りに近いこの音楽に如実に現れていると感じる。
4. bonobos / FOLK CITY FOLK .ep
bonobosの6曲入りミニアルバム。
bonobosの存在についてはもう10年以上前から知っていたが、その頃はまだFishmansフォロワーのいちバンドという認識で観聴きしていた。そこから、あまり情報を追わなくなって何年も経ち、話題になっていた去年のアルバム「23区」でひさしぶりにちゃんと向きあったという流れがある。「23区」を聴いて、「ああ、僕の知らないところでこのバンド(というか中心人物のVo&Gの蔡さん)はしっかりと歩みを進めてきたんだな」と感じさせられた。
そして本作。最初にこの作品を聴いた時、6曲全てのあまりの完成度の高さに圧倒され、(ミニアルバムという手軽さがあるにしても)そのまま何周も何周も繰り返して聴いてしまった。現体制のバンドとしての充実ぶりもサウンドにそのまま現れていると感じる。
1曲目の「POETRY & FLOWERS」の歌詞に「bnbsは今が最高」とある。本当にその通りだと思う。この流れで作られる次のフルアルバムが本当に楽しみだ。
bonobos - Gospel In Terminal - YouTube
3. Alexandre Andrés / Macieiras
ブラジル・ミナス新世代の顔役の一人であるアレシャンドリ・アンドレスの4thアルバム。前作に引き続き、全編インストのアルバムでアレシャンドリはフルートを中心に一部ギターも担当している。アンドレ・メマーリ、ジョアナ・ケイロス、アントニオ・ロウレイロといった、ミナス界隈の有名どころも一曲ずつゲスト参加している。
今年は本作にもピアノとアコーディオンで参加しているハファエル・マルチニと共に来日し、くるり主催の京都音博やその他数カ所で公演を行っているが、ライブを観た人たちから「素晴らしかった」という声が多く聴かれ、とても羨ましかった。
これまで僕はアレシャンドリ・アンドレスをマルチプレイヤーのように思い込んでおり、実際のところは圧倒的にフルート奏者なのだなということがようやくわかってきた。この人のフルートは本当に表現力豊かで素晴らしい。
01 - Haru (Alexandre Andrés) - YouTube
04 - O Gafanhoto (Alexandre Andrés) - YouTube
余談だが、エグベルト・ジスモンチとも何度か共演しているようで、ジスモンチの代表曲のひとつ「Palhaco」を一緒に演奏している今年の動画も本当に惚れ惚れする演奏で素晴らしかった。この動画が700回くらいしか再生されていないのは世界七不思議のひとつ。
Alexandre Andrés Doutorado (2017) - YouTube
2. björk / Utopia
前作の「Vulnicura」から2年半ぶりのリリースとなる本作。
前作は、パートナーとの離別などの出来事がコンセプトとなっていたこともあり、とてもパーソナルで内省的な印象を受けた。個人的には好きな作品ではあったのだが、Arcaとのコラボも一部の曲にとどまり、少し物足りなさを感じたのも事実だ。
そして本作だが、Arcaの全面プロデュースということで期待して聴いた一曲目「Arisen My Senses」から本当に驚かされた。「ユートピア」というタイトルが示す本作のコンセプトとArcaの音楽がこの上なく噛み合った凄まじい曲のように感じられた。
その以降の曲も、本作のために結成され、ビョーク自身がアレンジと指揮を担当したという女子12名のフルート・オーケストラが奏でる柔らかい木管の響きを全面に出した曲が並んでいる。
まず、ビョーク自身の考えたコンセプトと彼女の想像力が素晴らしかったのは間違いのないことだが、新しい引き出しを解放したかのようにビョークのビジョンを最高の形で実現したArcaにも賞賛を送りたい。
理想郷にフルートの花が美しく、そしてどこか悲しく狂い咲いている、そんなアルバムに思える。
1. 伊藤ゴロー アンサンブル / アーキテクト・ジョビン
トム・ジョビンことアントニオ・カルロス・ジョビンの生誕90周年に合わせ、naomi&goroでの活動や原田知世のプロデュースでも知られる伊藤ゴローによって制作されたトリビュート・アルバム。
コンセプトとしては、「ドビュッシー、ショパン、サティなどのクラシックにも影響を受けていたジョビンのクラシカルな一面にフォーカスする」というもの。そういったコンセプトもあり、ジョビン本人の音楽と比べて室内楽的な側面が強く出ているように感じられる。
本作の特徴として、曲そのものの良さもさることながら、録音の美しさが際立っていることが挙げられるように思う。ストリングスやギターの柔らかな響き、ピアノの抑制の効いた鳴り、そういったものから感じられる徹底した美意識が作品の美しさに直結しており、作品にメロディーやハーモニーだけではなく音響的な悦びを付与しているように感じられる。
本作を聴いて、改めてじっくりとジョビン本人の作品にも向き合ってみた。ボサノヴァの創始者としてキャリアのスタートから晩年にいたるまでの作品を、本人の人生の浮き沈みを含めてじっくり味わう機会をあらためて与えてくれたことにも感謝したい。
【インタヴュー&レコーディング・レポート】伊藤ゴロー最新作『アーキテクト・ジョビン』が伝えるボサノヴァの巨匠が残したクラシカルな足跡 - ハイレゾ音源配信サイト【e-onkyo music】
音楽史観について
先日、「100年のジャズを聴く」という本について、
「ジャズの「正史」はひっくり返されてます。「頑固なジャズおやじ」は読んではいけない。これは最近ジャズを聴きだした、これからジャズを聴いていこうという人のための本です」
という読者のレビューがネット上にあがり、そのレビューを著者3人のうちの一人がtwitterでRTして話題になっていた。
僕も本自体は未読ながらそのレビューを面白く読んだのだけど、それについて、僕がtwitterでフォローしており、長くジャズを聴いているであろう方(仮にA氏とする)が「ジャズの正史ってなに?」「無用な世代間の分断を生まないでほしい」と憤っていた。
そこでその件について少し考え、自分の言葉で拙いなりにまとめてみたいと思う。
例えば、40年前に制定されて、その時代においては好意的に受け止められた法律があるとする。その法律が40年という時間を重ねる中で、時代にそぐわなくなったり、運用のされ方に変化が生じて好ましくないものになってしまう、というようなことは世の中において当たり前に起きている。歴史上のとある出来事がどういう意味を持つのかは、それが起こったその瞬間に確定するものではなく、時間とともに変容していく。昨今の特定秘密保護法のようなものも、10年20年経った時にどういった意味を持つ法律として機能しているのかはまだわからない。
つまるところ「歴史」というものは、「いつどこで何が起きた(うまれた)」という時間を経ても変わることのない”出来事”と、時間の経過とともに意味合いに変化が生じてくる”出来事の意味合い”を、ある時代の視点から切り取ったものに過ぎないだろう。
これは音楽に関してもそのままあてはまり、「いつどこで発表された」という出来事としての作品と、時間の経過ととも変化が生じてくる作品の意味合いを、その時代時代の視点、あるいは個人の視点から切り取ったものがその時代の、あるいはその人にとって音楽史観となる。
日本においては1950年代くらいから評論家の手によってジャズの歴史に関する本が出版されているようだ。おそらく、最初のレビューに出てきた”ジャズの「正史」”というものが何を指していたかというと、そういった過去の本や評論家の口で語られ、比較的広く普及した「当時の視点で切り取ったジャズの歴史」ということになるのだろう。しかしながら、作品の持つ意味合いが時間とともに移ろっていくものである以上、「正史」という言葉を選んだのは正しくなかったのではないかと思う。
さて、ここ数年、日本において2010年代の視点から新しいジャズの歴史観を描くような試みが行われている。若く優秀なミュージシャンたちが作る新しい音楽、そしてそのミュージシャンたちが参照し、新たな意味を帯びた過去の音楽を現代の視点から捉え直すようなその試みは僕のような若い(といっても既に31歳だが)人間からみると非常にダイナミックで価値のあるものに思える。
「過去の評論家が描いた歴史観や、自分の中で更新がとまった歴史観のまま、上から目線で新しいものを否定する」というステレオタイプなイメージの「頑固なジャズおやじ」が実際にどの程度いるのかははっきりとわからない。
ただ、A氏のようにずっといちリスナーとしてジャズを聴き続け、自分の耳で自分の中のジャズ史観を更新してきた人にとっては、先に書いた新しい試みと必ずしも意見の一致をみるわけではないだろうし、それは仕方のないことだとも思う。そういった人たちを「頑固なジャズおやじ」と呼んで無用な断絶を生んでしまうのは本当に意味のないことのように思える。
僕の好きな坂本慎太郎の作詞仕事
僕がtwitterで現在使用しているスクリーンネーム「高本康成」は本名ではない。僕が好きな作詞家5名、具体的には
堀込”高”樹、松”本”隆、坂”本”慎太郎、小西”康”陽、菊地”成”孔
の名前から一文字ずつ拝借している。
今回はそのうちの一人、坂本慎太郎の作詞仕事の中で好きなものを集めてみた。
このブログを書くにあたり、改めてゆらゆら帝国のwikipediaに載っているようなものを一通り聴き返してみた。初期のサイケ/ガレージサウンドから、徐々に色んなものが削ぎ落とされて独自の雰囲気を獲得し、アルバム「空洞です」でバンドとしての完成をみた後、坂本慎太郎のソロ名義での活動とCornelius絡みのものを中心とした作詞の外仕事の流れを辿ったことになるのだが、本当に有意義な時間に思えた。
流れで聴いてみると、サウンドも作詞のスタイルも地続きながらも確実に変化を遂げてきていることがわかる。今回こうやって好きな歌詞の曲を選んでみると、自然とゆらゆら帝国後期以降のものが多くなった。やはりサウンドもその時期以降のもののほうが今の自分にしっくりくるのも確かだ。
「好きな歌詞」とはいいつつも、いい歌詞の条件としてサウンドやメロディーに対するハマり具合などが絡んでくるため、楽曲それ自体から完全に切り離して評価することも困難であり、基本的には楽曲自体が好きなものばかりだ。
なんだかんだで24曲とかなりの量になってしまったが、一言コメントとともにおおむね時系列順に並べてみる。おそらく聴きもらしている仕事もあるだろうし、コアなファンの方からは「あれがない、これがない」という声もありそうだがご容赦いただきたい。
・ゆらゆら帝国「彼女のサソリ」(シングル「発光体」収録)1998.7
デビューシングルからの一曲。当時の坂本慎太郎さん、危ない女に転がされてたのかな?なんて
YouTube:ゆらゆら帝国 彼女のサソリ - YouTube
・ゆらゆら帝国「夜行性の生き物3匹」
(アルバム「ゆらゆら帝国のしびれ」収録)2003.2
中期の作品になるだろうか。とにかく曲もサウンドも歌詞もMVさえもむちゃくちゃイカしてる。
MV:夜行性の生き物三匹 - ゆらゆら帝国 - YouTube
・ゆらゆら帝国「星になれた」
(アルバム「ゆらゆら帝国のめまい」収録)2003.2
坂本慎太郎の音楽の中でここまで叙情に振り切った歌詞と歌唱はあまりないのでは
YouTube:ゆらゆら帝国 「星になれた」 - YouTube
YouTube(Live音源):星になれた(LIVE)/ゆらゆら帝国 - YouTube
・ゆらゆら帝国「ロボットでした」(アルバム「Sweet Spot」収録)2005.5
何かに怒ったり、それに対して立ち上がってこその人間なのかと
Apple Music:ゆらゆら帝国「Sweet Spot」を Apple Music で
Spotify:ロボットでした, a song by Yurayurateikoku on Spotify
・ゆらゆら帝国「はて人間は?」(アルバム「Sweet Spot」収録)2005.5
先に挙げた「夜行性の生き物3匹」でもそうだったが、坂本慎太郎はノリやフィーリングのみで簡単に語られるセンスのようなものをあまり信用していないのだなと感じる。
Apple Music:ゆらゆら帝国「Sweet Spot」を Apple Music で
Spotify:はて人間は?, a song by Yurayurateikoku on Spotify
・ゆらゆら帝国「つぎの夜へ」(シングル表題曲)2006.6
生きてる限り、人はみんな何かしらの悲しみを抱えて生きているだろうが、辛い夜にはこの曲を聴きたい。「痛みはいえるか 心はどうかわすか」という歌詞には強く感銘をうけた。向き合うことも必要だろうが、時にはかわすことも必要だ。
歌詞:つぎの夜へ ゆらゆら帝国
Apple Music:ゆらゆら帝国「つぎの夜へ - Single」を Apple Music で
Spotify:つぎの夜へ, a song by Yurayurateikoku on Spotify
・ゆらゆら帝国「ひとりぼっちの人工衛星」(アルバム「空洞です」収録)2007.10
KIRINJIには坂本真綾「うちゅうひこうしのうた」のカバーという素晴らしい宇宙モノがすでにあるが、この曲もKIRINJIにハマりそうだと感じた。ちなみにキセルのカバーがすでに存在する。
Spotify:ひとりぼっちの人工衛星, a song by Yurayurateikoku on Spotify
・ゆらゆら帝国「空洞です」(アルバム「空洞です」収録)2007.10
バンドの最後を飾るにふさわしい文句無しの名曲。
歌詞:空洞です ゆらゆら帝国
・salyu × salyu「奴隷」(アルバム「s(o)un(d) beams」収録)2011.4
salyuをCorneliusがプロデュースしたsalyu × salyuというプロジェクトからCorneliusこと小山田圭吾との仕事が始まった。
ヒモと暮らす女性の歌だろうか。かつてヒモだったことを告白したミュージシャンとして菊地成孔とceroの荒内さんを知っているのだが、お好きなほうを想像して聴いてみてほしい。「s(o)un(d) beams+」というライブDVDに収録されているライブが素晴らしいのでそちらから。
Live:salyu × salyu / 奴隷 from 「s(o)un(d)beams+」 - YouTube
・salyu × salyu「続きを」(アルバム「s(o)un(d) beams」収録)2011.4
震災前に書かれたこの曲が震災直後の4月にリリースされ、この曲の歌詞がまるで震災以降の世界のために書かれたかのような内容だったため、僕も含めた多くの人が驚いたことを記憶している。素晴らしい曲。
Spotify:続きを, a song by salyu × salyu on Spotify
アコースティックライブ:salyu × salyu「続きを」
・salyu × salyu「話したいあなたと」(シングル表題曲)2011.8
スマートフォンのCMソングとして作られた曲だが、この曲を聴いていると無性に誰かに電話をしたくなる。用事のない電話をかけられる相手が僕にはあまりいないのだが……。
MV:salyu × salyu "話したいあなたと"MV Full ver. - YouTube
・坂本慎太郎「傷とともに踊る」(アルバム「幻とのつきあい方」収録)2011.11
先に紹介した「つぎの夜に」そうだが、屈託を抱えて生きている人に寄り添ってくれる優しい曲。
YouTube:坂本慎太郎 / 傷とともに踊る - YouTube
・坂本慎太郎「何かが違う」(アルバム「幻とのつきあい方」収録)2011.11
日常のすぐ隣に常に存在するような不穏な気配をすっと拾い上げたような曲
歌詞:何かが違う (Album Version) / 坂本 慎太郎
Spotify:何かが違う - Albun Version, a song by Shintaro Sakamoto on Spotify
・坂本慎太郎「まともがわからない」(シングル表題曲)2013.1
坂本慎太郎の歌詞に通底する諦観のような感覚がはっきり現れている曲。
YouTube(歌詞つき):まともがわからない - YouTube
・坂本慎太郎「悲しみのない世界」(シングル「まともがわからない」収録)2013.1
具体的に歌われているわけではないが、終わってしまった二人の歌だろうか。沁みる。
Spotify:悲しみのない世界, a song by Shintaro Sakamoto on Spotify
・冨田ラボ feat.原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆう「この世は不思議」
(アルバム「Joyous」収録)2013.10
とにもかくにも濃すぎる上に意外すぎる組み合わせのメンツを揃えた一曲。
世の中のままならなさを延々と歌っておいて、最後の最後でラブソングとして落とすのがすごい。
歌詞:この世は不思議 feat.原由子,横山剣,椎名林檎,さかいゆう 冨田ラボ
MV:この世は不思議 - 冨田ラボ feat. 原 由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆう【MUSIC VIDEO】 - YouTube
・坂本慎太郎「未来の子守唄」(アルバム「ナマで踊ろう」収録)2014.5
人類が長い時間をかけて戦いながら獲得してきた権利や理念のようなものがないがしろにされていると感じることも多い昨今、この曲がすごく意味を持って聴こえてくる
Spotify:未来の子守唄, a song by Shintaro Sakamoto on Spotify
・坂本慎太郎「義務のように」(アルバム「ナマで踊ろう」収録)2014.5
この曲で歌われている「君」がどんな人なのか考えてしまう。きっと素敵な人なのだろう。
Spotify:義務のように, a song by Shintaro Sakamoto on Spotify
・坂本慎太郎「あなたもロボットになれる (feat. かもめ児童合唱団)」2014.5
(アルバム「ナマで踊ろう」収録、配信シングルor7インチ)
アルバム収録の本人歌唱バージョンと配信シングルのかもめ児童合唱団バージョンが存在するこの曲。それぞれアレンジが違っており、個人的には後者のほうが好き。
坂本慎太郎らしいアイロニーが全開に出ている曲。時々この曲で歌われるようなロボットになってしまえたら楽なのに、という思いがちらつくこともあるが、それでもやっぱり人間でありたい。
MV:あなたもロボットになれる feat. かもめ児童合唱団 / 坂本慎太郎
・Cornelius×坂本真綾「東京寒い」(EP「あなたを保つもの/まだうごく」)2015.6
外仕事では皮肉や諦観の念といった自身の歌詞の特徴を全面に出していない坂本慎太郎だが、そういった仕事においてもそれだけじゃない巧みさで見事な歌詞を書いてしまう。
パーティー終わりの女性の軽やかな気持ちを歌った曲。(音源はネットにみつからず)
・中納良恵「写真の中のあなた」(アルバム「窓景」収録)2015.1
元カレなのか、あるいは死別した親なのか、具体的に描かれてはいないが、写真の中の大切な人に思いを馳せた歌。(音源はネットにみつからず)
・坂本真綾「かすかなメロディ」(アルバム「FOLLOE ME UP」収録)2015.9
作詞:坂本慎太郎、作曲:さかいゆう、編曲:河野伸という変わった組み合わせの一曲。
基本的には「頭から離れないけれど、うまく思い出せない、取り出せないメロディ」のことを歌った歌。しかし、はじめのうちはそのメロディを「それ」と歌っているが、途中から「あなた」となり、自分に振り向いてくれず心を乱してくる異性と頭から取り出せないメロティとが重なるような内容になっていく技アリの一曲。こんなにかわいらしい詞も書けるのがすごい。
・坂本慎太郎「動物らしく」(アルバム「できれば愛を」収録)2016.7
心が深く沈んでいる時は自分の皮膚が自分と世界とを断絶しているように感じるし、心が上向いている時は自分の皮膚を介して世界と接続しているように感じるのだけど、そういったことを「動物らしさ」として歌っているのが非常に救われる。
歌詞:動物らしく 坂本慎太郎
Spotify:動物らしく, a song by Shintaro Sakamoto on Spotify
・Cornelius「あなたがいるなら」(アルバム「Mellow Waves」収録)2017.6
この曲に関しては別エントリーで個別に触れている。
ここまで平易な言葉でここまで心に深く染み込んでくる歌詞が本当に素晴らしい。
坂本慎太郎の作詞仕事の現時点における到達点のようにも思える。
MV:Cornelius - 『あなたがいるなら』"If You're Here" - YouTube
Cornelius「あなたがいるなら」
歌詞については以下の記事をお借りします。
僕がブログ記事を書く時、「書こう」と心に決めてから腰を据えて文章を考える場合と、何かしらの対象に突き動かされるように文章を書く場合がある。
今回は完全に後者の場合で、アーティスト単位、アルバム単位ではなく、一曲単位で記事を書くのは初めてのことだ。
一ヶ月後にはこの曲を収録したアルバム「Mellow Waves」が出るのだから、その時にアルバム単位で触れようかとも思ったが、やはりこの一曲の存在が日増しに自分の中で大きくなってきたため、大したことは書けないかもしれないがとりあえず吐き出してみようと思う。
この曲は聴いてすぐの自分の感想ツイートは以下のようなものだった。
コーネリアス「あなたがいるなら」を聴いた。PointとSensuousであの方向性で行けるところまで行った印象があったから次をどうするのか疑問だったけど、前2作品に連なるサウンドでありながら、全く別の魅力を備えた曲で驚いた。また先に進んだのかよ、という驚き。新譜マジで楽しみだ。
この時点では、その「全く別の魅力」を生み出しているものが小山田圭吾の歌であることは確かだろうと思っていたはいたものの、言葉でどう表現すればいいのかわかっていなかったのだけど、タイムラインに流れてきた
私がフランク・オーシャンなら普通に次のプロデュース頼む。
というツイートを見て、なるほどと得心した。
つまり僕は、この曲を「まだ名前のついていないソウルミュージック」であり、「5年から10年後、あるいはもう少し先の未来のR&B」を聴くような感覚で聴いているのだと思う。これから先の「メロウ」とか「スウィート」といったものがこういう形になっていくのかもしれないと、この極上のラブソングが教えてくれている気がする。
続いて、こちらもタイムラインに流れてきた以下のツイートに思わず同意をしてしまったのだが、
コーネリアス『あなたがいるなら』、この世で一番美しい詩の朗読、みたいな感じした
「詩はいつも歌に憧れている」って谷川俊太郎が言ってた気がする
この曲を名曲たらしめている理由として、坂本慎太郎書いた歌詞が挙げられることはいうまでもない。
僕はゆらゆら帝国初期からの坂本慎太郎の熱心なファンではなく、「空洞です」以降からのそこらによくいるライトなファンといった感じなので間違いがあったらご容赦いただきたいが、近年の坂本慎太郎の歌詞の特徴のひとつに「固有名詞を使わない」ことが挙げられると思う。歌詞における固有名詞は、それがその時代を象徴するものであればあるほど”普遍性”との距離を生じさせる。これ簡単な話で、2017年に「ポケベル」という歌詞の入った曲がどう聴かれるかということだろう。もちろん、トレンドや”今”を捉える目的で歌詞に固有名詞を使うことが悪いということでは決してなく、それは作り手側の狙いや目的次第と言えると思う。それはともかくとして、「あなたがいるなら」でも固有名詞は使われていない。
この曲の歌詞における更に大きな特徴は、幼稚園児ですら知らない言葉が出てこないであろう、その平易さにあるように思う。坂本慎太郎の近年のどの仕事と比べても、その平易さは突出している。
「あなたがいるなら この世はまだましだな」というこの上ないシンプルな言葉の並びの中に、坂本慎太郎の今までの仕事の中に通底する「世界に対する諦観やペシミズム」がもはや前提のものとして織り込まれており、だからこそ「あなた」の存在がこの上ない救いであることが浮かび上がってきて本当に心を打たれる思いがする。
ゆらゆら帝国「空洞です」やsalyu × salyu「続きを」、ソロでの「まともがわからない」などなど、坂本慎太郎の好きな作詞仕事はたくさんあるが、僕にとってはこの曲が現時点での坂本慎太郎の作詞仕事のベストワークだという気がしている。
YouTubeにこの曲がアップされてから、気がつくとこの曲を聴いている。そして、一度聴き始めると本当に何度も何度も飽きることなく繰り返しリピートしていて、頭から再生する度に新鮮な喜びと静かで熱い感動をもらっている。小沢健二のファンの人には申し訳ないけれど、僕にとってはこの曲こそが”魔法的”な魅力を備えた音楽だった。
私的年間ベストアルバム2016
例年だと少なくとも上位3枚くらいはあまり揺るがない感じで決まっていたのだが、今年は色々なアルバムを聴く度にそれをどの順位に置くかがコロコロと変わった。思い切ってえいや!と公開したものの、明日の自分はこの並びで良かったのか疑問に思っていることだろう。
自分にとって”絶対”と思える盤が少なかったのか、あるいは素晴らしい作品が多くて悩んでいるだけなのかはまだ判然としないが、来年以降、今年の盤をどれだけ大切に聴いていくことになるかでハッキリとしてくるだろう。
今年のリスニングの傾向として、自分の耳と心にスッと入ってくる音楽を中心に聴いていたような気がする。そのぶん、自分を大きく揺さぶってくるような作品とは少し距離があったような気がしなくもない。
しかしながら、今年は例年以上に沢山のアルバムを聴いたし、実感としては非常に楽しい一年だった。
毎度のことながら、私の選盤は音楽メディアのランキングのように時代を切り取ろうとする意志を込めていないし、単純に自分の気に入ったものを気に入った順に並べているだけの個人的な記録に過ぎない。それでもいいよという方に見ていただけると幸いだ。
これを書き終えた上で読み返してみると、Kendrick Lamarの名前が頻出していることがわかる。それだけ去年のアルバムが多方面に影響を与えたということだろう。今年のアルバムではどれがそういう作品となっていくだろう?
30. Noname / Telefone
Chance The Rapperの作品に参加しているシカゴのThe Social Experiment周辺のフィメールラッパーが出したフリーアルバム。
冨田ラボがApple Musicで公開した新世代アーティストのプレイリストの中に入っていたことで知った。
何かしらの凄みを感じさせるわけではないが、久しぶりに全く肩肘を張らずに心からリラックス出来るヒップホップに出会ったような気がする。
Noname - 01. Yesterday - YouTube
29. agraph / the shader
電気グルーヴのサポートメンバーとしても知られる牛尾憲輔のソロプロジェクトagraphの6年ぶりとなる3rdアルバム。
前作までのagraphの作品には個人的に少々叙情に寄り過ぎている印象があったのだが、2014年に牛尾憲輔名義で手がけた「ピンポン THE ANIMETION」の劇伴が面白かったこともあり、本作にも手を伸ばしてみた。
本作についてだが、サウンドには本人が意識して鳴らしているノイズも含めて前作とは比べものにならない程の濃密な情報量があり、持ち前の叙情性は残されているもののしっかりと抑制が効いていて程よい塩梅になっていると感じた。
agraphとしての制作には、劇伴などの外仕事と違って「締切」と「他者によるチェック」がないため、今回思い描いてた抽象的なイメージの世界観に近づけるように5年以上の時間を費やしたようだ。
牛尾自身がインタビューで語っていたが、映画やアニメ、ドラマなど何にでもすぐ影響を受けてしまうらしく、今作の製作中はそういったものあまり自分の中に取り込まないように努めたそうだ。そのあたりに私が”抑制”を感じた理由があるのかもしれない。
agraph - reference frame - YouTube
agraph - greyscale (video edit) - YouTube
Agraph - Radial Pattern ⁷ - YouTube
28. The Loch Ness Mouse / The Loch Ness Mouse
The Loch Ness Mouseは1992年にデビューし、本作が5枚目の作品となるようだ。
ノルウェーのバンドで「プリファブ・スプラウト直系の北欧ギターポップ」という売り文句で日本ではP-VINEから国内盤が出ることとなったが、アルバムを通して捨て曲が全くなく、二番煎じ感などを全く感じさせないくらい、とにかく曲がいい。
メンバーは6人(うち女性一人)で20年以上のキャリアがあるので当然と言えば当然なのだが、YouTubeのMVをみると思った以上におじさんとおばさんだった。中年らしい落ち着きと安定感があり、しかし若々しいピュアネスも兼ね備えた音楽であるように思う。
派手なアルバムとは決して言えないながらも、音楽の流行り廃りとは関係のないところでこういった音楽が生まれているのだなと改めて感じさせられた。
「Jordan:The Come Back」あたりのプリファブ・スプラウトが好きな人は是非。
The Loch Ness Mouse: The Cherry Blossom In Japan - YouTube
The Loch Ness Mouse: Bamboo (Love Is Not Cool) [official video] - YouTube
27. CRCK/LCKS / CRCK/LCKS
Vo.&Pf. 小田朋美、Dr.石若駿、Sax.小西遼、Ba.角田隆太、Gt.井上銘からなるCRCK/LCKSのミニアルバム。
石若駿は言うまでもなく今各方面から引っ張りだこの人気ドラマーであり、小田朋美が菊地成孔プロデュースで出した2013年のアルバム「シャーマン狩り」は個人的に非常に愛聴している大切な作品。CRCK/LCKSのリーダーでもある小西遼は象眠舎というラージアンサンブルを主宰していて挾間美帆とも一緒にイベントを行っている。角田隆太は自身のバンド「ものんくる」で素敵なアルバムを残しており、井上銘も高校時代から鈴木勲のバンドにフックアップされ、20歳でデビューアルバムを出している早熟なジャズギタリスト。つまり、若手オールスター集団とも言えるようなメンバーで構成されているということになる。
小田朋美は藝大作曲科というバリバリのクラシック畑の人であり、石若駿も打楽器であれば何でもこなせるようだが、基本的にほぼ全員の土台にはジャズがある。しかし、本作ではジャズにはそこまで拘らず、あくまでポップスを指向したようだ。
当然全員が曲をかけるため、それぞれに曲を出し合った結果、本作では小田朋美2曲、小西遼2曲、井上銘1曲、角田隆太1曲の収録となっているが、どの曲も一癖あるポップスに仕上がっている。
ちなみに小田朋美と石若駿が藝大卒、小西遼と井上銘はバークリー卒、角田隆太は明治大学文学部卒……(学歴は関係ないが)
「Goodbye Girl」PV CRCK/LCKS (クラックラックス) - YouTube
26. Bruno Mars / 24K Magic
一聴して、「この音楽をど真ん中のポップスとして消費するアメリカ人って基礎代謝が他の国民と全然違うんじゃないだろうか?発しているエネルギーが違いすぎるし、こんなん戦争して勝てるはずないやん。」とツイートした。
本来、本当に嫉妬すべきはKendrick Lamar「To Pimp A Butterfly」のような先進的でリリカルなヒップホップやD'angelo And The Vanguard「Black Messiah」のような濃密なブラックネスを携えた音楽がきちんと評価される彼の国の土壌に対してだろう。
その点、本作はブギーファンク風、JB風、90's R&B風といったように各曲ごとに参照元が明確に感じられ、ある世代以上の人間にとっては物凄くフレンドリーな内容だ。しかしながら、若い世代にとってフレッシュに聴こえるであろうアップデートはしっかりなされており、何より各曲の熱量とクオリティが高い。そして、(アメリカが日本と比べ、メジャー/インディー間の交流が活発なことを差し引いても)ブルーノ・マーズは前述の2組(ケンドリックとディアンジェロ)よりもポップスの世界の中心にいるように思う。結局、アメリカの黒人音楽が産んだポップスの歴史をわずか33分の作品に詰め込んだような本作の熱量がきちんと国民に届くというあたりに、日本の国民との音楽に対する理解度の違いを感じざるを得ず、それが前述の「勝てるはずない」に繋がっているのだと思う。
ともあれ、こういった御託を抜きにしてもすこぶる愉快な作品なのは間違いない。
Bruno Mars - 24K Magic [Official Video] - YouTube
Bruno Mars - Perm [Official Audio] - YouTube
25. Fernando Temporao / PARAISO
ブラジルのフェルナンド・テンポラォンの2ndアルバム。
ブラジル音楽については今まで、ショーロやボサノヴァ、ミナスサウンドといった”ブラジル”を強く想起させる音楽とジスモンチ、パスコアルあたりの流れに連なるような音楽を中心に聴いてきており、ロック色のあるものについてはそこまで聴いてこなかったように思う。
しかしながら、カエターノやジルベルト・ジルが中心に起こしていたトロピカリアでも欧米のロックミュージックを取り入れていたように、ブラジルにも当然その時代その時代の海外の潮流をしっかりと取り込んだ素晴らしい音楽が生まれてきているのだと本作を聴いて改めて感じることとなった。
USインディ的な実験精神を多分に感じさせつつも、「パライソ〜楽園〜」というタイトルが示す通り、レイドバック感のある楽天的なサウンドを聴かせてくれる。
プロデュースは「現代ブラジルの最重要人物カシン」とのこと。
このカシンという人物についての前知識は何もなかったのだが、昔ちらっと観ていた「ミチコとハッチン」という日本のテレビアニメで音楽を担当してサントラも出ているようで、試しにKassin名義でリリースした「Sonhando Devagar」をApple Musicで聴いてみると本作にも通じるような傑作だった。CDは現在廃盤でプレ値がついてる模様。こちらも再発などがあったら是非手に入れたい。
Fernando Temporão - Paraíso - YouTube
Fernando Temporão - Afinal - YouTube
24. 大西順子 / Tea TImes
演奏家はアスリートに例えられることがある。日々の継続した鍛錬によって、自身の演奏スキルの向上や維持をしていかなければならない。
2012年、大西順子はジャズ業界の衰退により自己投資が難しなり、プロとしての演奏水準の維持が難しくなってきたことを理由に引退を発表した。自身の自宅にあった3台のピアノも売りに出したようだ。翌年、小澤征爾と村上春樹の呼びかけでひょこっとステージにあがり、2015年に日野皓正&ラリー・カールトンのバンドメンバーとして活動を再開。そして2016年、菊地成孔プロデュースの本作が復帰作となった。過去のすべてのアルバムをセルフプロデュースしてきた大西順子が菊地成孔と手を組んだあたりに、復帰にあたって意欲的に変化を求めた印象を受ける。
プロデュースにあたり菊地成孔は近年の様々な作品を大西順子に聴かせてみたようだが、Kendrick Lamarの去年のアルバムにはやはりいい反応を示したらしい。
モダンジャズの王道をいく大西順子のピアノと菊地成孔が持ち込んだ新しい音楽のエッセンスが面白い化学反応を起こしていると個人的には感じるが、その分大西順子の従来のファンからは#8のOMSBのラップや#9の歌モノに対する疑問の声も聞かれた。しかし、それはそれで仕方のないことのような気もしなくもない。
そのほかでいえば、挾間美帆がホーンアレンジで参加した#5「GL/JM」なども聴きどころだろう。
23. 原田知世 / 恋愛小説2〜若葉のころ
前作「恋愛小説」は洋楽のカバーアルバムだったが、本作は日本のポップスのカバーアルバムだ。
原田知世が昔聴いていた曲を中心に選んでおり、1980年前後のヒット曲が多い。そのためか収録曲10曲(初回限定盤11曲)のうち松本隆作詞の曲が5曲となっている。
サウンドプロデュースは引き続き、伊藤ゴローが行っている。
洒落たアーバンソウル調の#1「September(竹内まりや)」、ガレージロックのように歪んだギターサウンドが楽曲の少年性を演出する#6「年下の男の子(キャンディーズ)」、伊藤ゴローお得意のbossa調の#7「異邦人(久保田早紀)」、ハープとソプラノサックスでとろける程に甘く奏でられる#10「SWEET MEMORIES(松田聖子)」、初回限定盤のみに収録だが伊藤ゴローのギターと原田知世の歌だけでアコースティックにカバーされた#11「いちょう並木のセレナーデ(小沢健二)」などなど、アレンジもバラエティに富んでおり、最後まで飽きを感じさせない。
おそらく選曲が選曲なだけに、音作りも含め、原田知世ファンのコア層だけでなく、広くマスに向けて作られているのだろうと想像出来るが、その結果が原田知世にとって実に18年8ヶ月ぶりのオリコン週間アルバムチャートTOP10入りに繋がったのかもしれない。
余談だが、このアマゾンレビューのような聴き方が出来た方は非常に幸運だなと思う。
22. Anderson .Paak / Malibu
未だにパークなのかパックなのかはっきりしないが、ここではアンダーソン・パークとして話を進める。
かなり端折った説明になるが、Kendrick Lamarの去年の大傑作TPABにも楽曲を提供していたKnewledgeとのユニット、NxWorriesで発表した曲「Suede」がきっかけでDr. Dreのアルバム「Compton」に参加し、一躍時に人になったアンダーソン・パークの自身の名義による2ndアルバム。
参加ミュージシャンにスクールボーイ・Q、Talib Kweli、BJ・ザ・シカゴ・キッド、参加プロデューサーにはマッドリブや9th Wonder、Kaytranada、そしてクリス・デイヴの名前が並び。クリス・デイヴのプロデュースした曲にはプレイヤーとして、ロバート・グラスパーと、クリスと同じくD'angelo & The Vanguardに参加していたピノ・パラディーノとイザイア・シャーキーが参加している。
一つ一つの曲で見ればジャンルは様々であろうが、もはや現代のブラックミュージックの総力戦のような形で、一枚通して捨て曲のないメロウな音楽を聴くことが出来る。
今年オープンしたばかりのWWW Xと深夜のリキッドルームで、The Free Nationalsというバンドを引き連れて行われた来日公演も大きな話題になり大盛況だったようだ。話に聞くと「エンターテナーで盛り上げ上手」「思ったよりも縦ノリ」とのことだった。またどこかのフェスなどで機会があれば観てみたいものだ。
Anderson .Paak - Am I Wrong (feat. ScHoolboy Q) - YouTube
Anderson .Paak - Come Down - YouTube
21. 冨田ラボ / SUPERFINE
前作から3年ぶりとなる冨田ラボの5thアルバム。
冨田さんは近年「(新世代ジャズを中心とした)新譜が面白い」と発言してきている。その影響は去年全面プロデュースしたbird「Lush」あたりから如実に表れてきており、本作では更にそれを推し進めたような形になっている。
客演にはYONCE(Suchmos)、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、髙木晶平(cero)、藤原さくらなどなど、勢いのある若手を多く迎えている。
いわゆる冨田ラボ印ともいうべきサウンドからあえて外れて冒険をしたような音楽も多く収録されており、各曲ごとの振り幅も非常に大きい。
特にインストの#1を抜けると#2「Radio体操ガール Feat. YONCE」、#3「冨田魚店 Feat. コムアイ」と(いい意味で)変な曲が続いて驚かされるが、その後の堀込高樹作詞の#4「荒川小景 Feat. 坂本真綾」でホッと一息つかせてもらえるのでありがたい。
従来の冨田ラボサウンドに近い#6「Bite My Nails Feat. 藤原さくら」もやはり素晴らしい。
冨田ラボ - 「SUPERFINE」 / 冨田魚店 feat.コムアイ TEASER - YouTube
冨田ラボ - 「SUPERFINE」 / 荒川小景 feat.坂本真綾 TEASER - YouTube
20. KIRINIJI / ネオ
続いてはこちら……。
KIRINJI名義での一作目「11」から「EXTRA 11」を挟んでのリリースとなった今作。
「11」の頃はまだバンドとしてのコミュニケーションも十分に取れておらず、そのためキリンジの延長線上としてスタートしたが、KIRINJIの始動から3年(アルバム製作時で2年くらい?)が経ってバンド内でも意思疎通も取れてきており、リーダーの堀込高樹だけが中心になるのではなく、メンバーがより平等な立場で音楽に関わっていくと共に、キリンジ時代の延長ではなく、KIRINJIとして今の時代に向き合ったサウンドを模索した、というのが本作のざっくりとした概要のようだ。
その結果が、ライムスターをフィーチャリングした#1「The Great Journey」の今までのキリンジにはなかったアグレッシブなサウンドでハッキリと提示される。
バンドとしてアイドル弓木英梨乃さんを大々的に推した#2「Mr.BOOGIEMAN」やコトリンゴさんの作曲と歌唱の#6「日々是観光」などもKIRINJIとしての新たな展開を感じさせる。
世間の猫ブームに乗っかるかのように制作された#7「ネンネコ」も案外人気があるようだ。
キリンジ時代からのファンの中には声には出さないながらも、自分の好きだったキリンジと今のKIRINJIに距離を感じ始めて離れていく人もいるのだろう。おそらく、それは前進し続け、変わっていこうとするあらゆるミュージシャンにとって必ずつきまとう問題だとも感じる。少なくとも私は現時点のKIRINJIを楽しめているので、今後の変化も含めてじっくりと観続けていきたい。
KIRINJI - The Great Journey feat. RHYMESTER - YouTube
19. 堀込泰行 / One
仲良く3枚が並ぶ形になったが決してふざけているわけではなく、真面目に考えた結果だとご理解頂きたい……。
正直に言うと(兄弟時代の)キリンジでは高樹贔屓である。
そのため、キリンジの熱心なファンにとって脱退から3年待った待望のソロアルバムであった本作も、実際のところそこまで待ち焦がれていたというほどではなかった。
しかしながら、KIRINJIの新作と比べた時、アルバムとしてのまとまり、完成度という点で本作に軍配をあげたい。通して聴いてもしみじみといい。
「( 特に作詞面において)くせのあるものを作る」というキリンジのモード(もしくはマナー)から解放されて「普通ということに抵抗がなくなった」と語り、キリンジと対になっていた馬の骨よりも(管弦の導入によって)広がりのあるものを作りたかったという本作の試みは、しっかり形となって現れ、大きな実を結んでいる。以前からのファンを楽しませると共に、おそらく新しいファンも獲得出来るのではないだろうか?
強く意識した「楽しませたい」、堀込泰行 初ソロ作に込めた想い | MusicVoice
また、久しぶりに堀込泰行の声を聴き、私自身が堀込泰行の特徴的なボーカルをキリンジの大きな魅力の一つとして感じていたことを改めて再認識させられたようにも思う。
兄・高樹はアレンジ面でも器用で日本でも一番というくらい強い詞を書く分かりやすい天才であるが、兄ほど器用ではなく、時には兄の蔭に甘んじている印象を受けることもある弟・泰行もまた天才なのだろう。
18. Frank Ocean / Blonde
2012年を1stアルバム「channel ORANGE」を出し、今年の8月19日にビジュアル・アルバム「Endless」を出してレコード会社との契約を満了させた後、レコード会社からフリーになった状態でリリースされた本作。
本作も控えめな音数で抑制されたサウンドが、フランク・オーシャンの内省的でありつつも魅力的なボーカルを際立たせる。
私は、例えばリリックが大きな意味を持つヒップホップですらも、そのリリックの内容に深い関心を向けずに音楽を聴いてる部分がある。良くないなぁという自覚がありつつも、同時に音と声自体が伝えてくるニュアンスの価値を信じている部分もある。
しかしながら、同様の意図を持って歌と詞を聴かせることに重きを置いたアルバムである宇多田ヒカルの新作「Fantôme」もそうであったように、やはりこの手の音楽で歌詞に対する直感的な理解が及ぶかどうかは受け手側の印象に非常に大きな差をもたらすようことは明らかであろう。(Fantômeはアメリカでもそれなりに売れてるらしいが…)
そういった点から、私がこの音楽に対して感じている魅力が歌詞に対して理解が及んでいる人の1/10くらいであろうことを残念に思いつつ、とりあえずは音と声に耳を傾け、何かを拾い上げたいと思って聴いている。
17. Joana Queiroz, Rafael Martini, Bernardo Ramos / Gesto
「21世紀のクルビ・ダ・エスキーナ」と称される、現代ブラジルの音楽サークルの中心人物、ジョアナ・ケイロス(クラリネット)、ハファエル・マルチニ(ピアノ)、ベルナルド・ハモス(ギター)からなるトリオ。
ジョアナ・ケイロスのソロアルバムにアントニオ・ロウレイロがドラムで参加していたり、アントニオ・ロウレイロの「So」にハファエル・マルチニが参加していたりと、日本のブラジル音楽ファンの間で先に名前が売れたように思われるアントニオ・ロウレイロとの繋がりも濃い。
本作についてだが、ジョビン&ヴァニシウス・ヂ・モライスとエルメート・パスコアルのカバーが一曲ずつあるが、それ以外のオリジナル曲は3人がほぼ平等に作曲を担当している。今作については誰かがイニシアチブを取るわけではなく、3人全員がプロジェクトに全面的に関わった作品のようだ。ベルナルド・ハモスが「私たちはすごく音楽的に近いところにいます。共通のヒーローもたくさんいます。しかしながら、私たちの違いこそが類似性よりも意味があったのではないかと思います。私たちの力で補完し合いました。」と語っており、これは音楽に限った話ではなく、人生においても大切なことにように感じた。
(歌ではないボーカルが入った曲はほかにもあるが)本作で唯一歌の入った#1「O Vento」(下の動画で一部が聴ける)から始まり、 穏やかな世界に優しく誘ってくれるような室内楽が並ぶ。
本作は日本のSPIRAL RECORDSが出資して制作されている。ハファエル・マルチニはインタビューで「私たちのいるインディペンデント・シーンでは普段、自分たちのアルバムを録音するのに、自分たちの資金を使っている」と語っている。ブラジル本国においても、こういった音楽家たちに投資する個人やレコード会社が少ないということだろう。本当に志が高いレーベルだ。SPIRAL RECORDSのカタログは素晴らしい作品ばかりだが、そこに新たな名盤が加わった。
Joana Queiroz, Rafael Martini, Bernardo Ramos «GESTO» - YouTube
16. Chance the Rapper / Coloring Book
前作「Acid Rap」から3年ぶりに届けられた本作。
本作もフリーダウンロードでの配信のみでありながら、収益確保に苦しんでいる音楽業界を横目に独自のスタンスと戦略でその存在感を強めている。
今の時代、メジャーレーベルに所属することがミュージシャンの正しいキャリアの積み方といい切れないことはご存知の通りである。
レコード会社の存在とその仕事を殊更に否定するつもりはないが、レーベルに所属せず、フリーで音源をリリースしながら確固たる地位を築きつつある彼が、大手レコード会社の会議室で「音楽は会議室で生まれてるんじゃない!現場で生まれてるんだ!」と言わんばかりに暴れまくる下の映像は観ていて気持ちがいいし、「明日のアーティストとなる若者すべてにとって、良き例になりたい」と語る23歳のこの若者の側につきたくもなってしまう。
サウンドに関する印象としては、ブラックコミュニティーの陽気さや大らかさ、そして結束力といった陽の側面を強く感じさせられるものだったように思う。
ゴスペルなどの黒人音楽の滋養取り込み、トラックにはしっかりとした展開があって、ラップと歌を自由に行き来しつつもラッパーであることに疑いを感じさせないそのスタイルには、音楽の世界で独自のスタンスで順調にキャリアを重ねている若者の軽やかさのようなものが強く感じられた。
またしても傑作となった本作で、更に次のステップへと進んでいくことだろう。
Chance The Rapper - All We Got (ft. Kanye West & Chicago Childrens Ch) - YouTube
Chance The Rapper - Blessings (feat. Jamila Woods & Byron Cage) - YouTube
15. Beyonce / Lemonade
アメリカのマーケットはアーティストに”強さ”が求めていると感じる。
そういう国民性だと言ってしまえばそれまでだが、そういった”強さ”を必要とする社会であると見たほうが良さそうだ。そして、アメリカという国で「黒人」の「女性」であることは、おそらく多分に生きづらさを伴うことなのだろう。
中には表面上”強さ”を歌ってはいるものの”虚勢”にしかなっておらず、内面は情緒不安定なポップスターも見受けられるが(もはや、それはそれでアメリカらしいという感じもする)、ビヨンセには自身が歌った”強さ”に心を追いつかせようとする気位の高さがあるように感じるし、本作においては現在のビヨンセの心の強さがそのまま表現の強さに結びついたような印象すら受ける。
本作の楽曲の音楽性の幅は非常に広く、レッド・ツェッペリンをサンプリングし、客演にホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトを呼んだロック色の強い#3「Don't Hurt Yourself」や、完全に骨太なロックサウンドだったケンドリック・ラマー客演の#10「Freedom」にも驚いた。こういったロックリスナーにも強く訴求するであろう楽曲も含めつつ、その他の様々な音楽性の楽曲が一枚のアルバムに収まっていて不思議とばらつきを感じないのは、その軸にビヨンセという強力な軸があるからだろう。
14. Joshua Redman & Brad Mehldau / Nearness
ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーによる初のデュオ・ライブアルバム。
セロニアス・モンク・コンペティションで優勝する実力がありながら、ハーバード大学を首席で卒業し、イェール大学の法律修士課程に進むほど秀才だったジョシュアは当時ジャズ・ミュージシャンを志向していなかったが、メルドーとの出会いなどを転機にプロとして活動する決意をした。一方で、メルドーもジョシュアのデビュー作参加をきっかけに注目を集めることとなった。
その後、二人はそれぞれの作品で深く関わることなく、お互いがお互いに切磋琢磨し、現代のジャズで新たな表現を模索していたが、2010年にメルドーの「Highway Rider」にジョシュアが参加して以来、交流が再開し、その流れで回ったツアーから本作が制作された、というのがざっくりした流れのようだ。
本作は2011年のヨーロッパ・ツアーで収録されたライブ・レコーディングから選り抜いたデュオ・パフォーマンスを集めたアルバムで2011年11月にスペイン、スイス、オランダ、ドイツ、そして7月にノルウェーで行ったライヴからの音源が6曲収録されているとのこと。複数の会場での録音となっているが、アルバムとして聴いたときにも各曲間での音響面での違和感は特に感じられないのが素晴らしい。
メルドーの繊細なピアノとジョシュアのサックスの信頼親密な音のやり取りからは、お互いに対する深い信頼が感じられる。
Joshua Redman & Brad Mehldau - Ornithology [Official Audio] - YouTube
13. サニーデイ・サービス / Dance To You
以下にエントリで触れています。
12. Arthur Nestrovski & Lívia Nestrovski / Pós Você e Eu
ブラジルのネストロフスキ父娘のデュオ。父がギターを弾き、娘が歌っている。
今年のアルバムの中で、最も私の脳内をアルファ派で充した作品だった。日常にそっと寄り添ってくれるそのサウンドは聴くタイミングを選ばず、今年のアルバムの中では再生回数がかなり多い作品かもしれない。
親娘だからなのもあるだろうが、演奏や歌からもリラックスして伸び伸びと制作した様子が伝わってきて、このレコーディングに立ち会いたかったという気持ちにさせてくれる。
ブラジル音楽の古い名曲やアメリカのジャズのスタンダードなど、カバーの対象は様々だが、2曲目(Serenata)のシューベルトの歌曲のカバーを聴いて、シューベルトすらもギターとポルトガル語の伸びやかな歌唱でやればブラジル音楽に聴こえるんだな、という面白さがあった。
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - Pós Você e Eu - YouTube
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - Folha Morta - YouTube
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - I'm Through With Love - YouTube
11. Diego Schissi Quinteto / Timba
アルゼンチンの鬼才ディエゴ・スキッシのスタジオ盤としては5年ぶりとなる新作。
菊地成孔氏が自身のラジオ番組で絶賛していた事でも(ごく一部で)話題になった。
ピアノのディエゴ・スキッシをリーダーとした、ヴァイオリン、バンドネオン、ギター、コントラバスのキンテート(五重奏)によるジャズや現代音楽の要素を取り入れた超モダンなタンゴといった感じ。
今年来日した同じくアルゼンチンのバンド、アカ・セカ・トリオとも親交があり、「HERMANOS」というアルバムを一緒に制作している。
途中途中に美しく聴かせる曲を挟みつつも、#1「Pelea 82」が象徴するような不穏さやひりつくような緊張感がアルバム全編に通底している。
ピアソラの子孫ではあることは感じさせつつ、この音楽の放つ強烈なエネルギーがタンゴを中心としたアルゼンチン音楽の力強い前進を実感させる。
Diego Schissi Quinteto / La música 55 - YouTube
Diego Schissi Quinteto / El borracho 14 - YouTube
武満徹と関係の深いギタリストは日本に何名かいて、鈴木大介はその中の一人。生前の武満徹と直接の交流はあまりないものの、武満徹に「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評されており、何度も武満のギター作品を録音している。
武満徹には現代音楽家としての、いわゆる”難しい音楽”のイメージが強い。それも間違いではないし、そちらの音楽の凄さについても多くの音楽家が語るところではあるが、映画音楽や晩年の作品では歌心のある美しい作品を幾つも書いてきている。本作にはそういった映画音楽の曲が多く収録されている。
鈴木大介が同じく武満徹没後10年の時に出したアルバム「夢の引用」にはベースプレイヤーが参加し、ジャズ的なニュアンスも感じられる作品で本当に素晴らしかったが、本作は曲によってソロ、デュオ、トリオと違いはあるもののの、ギタリストのみの編成になっている。「夢の引用」と重複する曲もあるが、全体を通して、よりクラシカルなアレンジになっている印象を受ける。
本作の収録曲で武満自身がギター曲として編曲した曲ものも幾つかあるが、それ以外は鈴木大介がギター曲にアレンジしたものだ。
武満徹がオーケストレーションした曲を、原曲を殺さずにギター曲にアレンジし、演奏するには優れた感性と相当な技術とが必要なことは想像に難くない。
繊細なニュアンスの音が余すことなく収録されたこの本作を聴けば、武満徹がギターという楽器を愛した理由がきっとわかるはずだ。
ちなみにジャケットは晩年の武満と浅香夫人が、当時仕事場としていた長野県の森を散策している時の写真のようだ。本当にいいジャケットだと思う。
9. コトリンゴ / 「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック
こうの史代原作・片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」は私個人にとって本当に大切な作品となった。今後、日本アニメ史及び日本映画史において、この作品がどのように位置付けられるかについては某映画評論家のような断言はしないでおくが、おそらく長い時間を経ても何一つ廃れることがない作品であろう。
そして、この映画の中のほぼすべての音楽をコトリンゴが担当している。木管楽器と弦楽器をメインに据えた柔らかなオーケストレーションを得意とするコトリンゴ自身の音楽性とこの作品の内容が驚くべきほどにマッチしており、映画のなかで見事な役割を果たしている。
曲順は劇中で使用された順番に並べられており、このサントラを通して聴くと映画の初めからエンドロールまでの様々な場面が順に思い出される。
コトリンゴによって軽やかに歌われた戦中の流行歌「隣組」の劇中での使われ方も見事であったし、「New Day」という優しくて愉快なビッグバンドサウンドでこのアルバムを〆てくれるのも、この映画の人生に対する肯定と重なるようで素敵だ。
さて、ここまでこのアルバムと映画の内容を絡めた話を中心にしてきている。私にとって(この音楽も含めた)映画自体に深く魅了されているため、この音楽を映画と切り離して考えることはもはや出来ない。そのため、音楽単体で考えた時に果たしてこのアルバムはこの順位においていいのかと少し考えもしたが、やはり音楽自体も間違いなく素晴らしいのだと思い直し、この位置においた。
収録曲は33曲。劇伴のため短い曲は40秒程度ではあるが、劇伴によくあるメインテーマのメロディーの流用などもしておらず、すべての曲に固有のメロディーがある。おそらくコトリンゴ個人の名義でのアルバムの2〜3枚分のアイディアが詰め込まれている力作であろう。KIRINJIでの活躍も含め、音楽家として脂が乗ってきたコトリンゴの今後にも期待したい。
8. Lourenço Rebetez / O Corpo de Dentro
バークリーを出たブラジル出身の作曲家/ギタリスト、ロウレンソ・ヘベテスの作品。
特に前情報を入れずに一聴した感想は「(オーストラリアからHiatus Kaiyote が出てきたように)遂にブラジルからも出てきたか。」だった。調べてみるとやはり、現代ジャズに影響を受けた様々な音楽(D'angeloやKendrick Lamar)に触発された、とのこと。
ネイ・パームのボーカルが印象的なHiatus Kaiyoteとインスト作品の本作とを単純に並べて考えることは出来ないかもしれないが、それぞれの国で現代ジャズを消化して作品に反映させたらこういった違いが出るのもなんとなくわかるように思う。
本作ではドラムスに加え、全曲にサンバ打楽器奏者(カイシャ、チンバウ、スルド)が参加しており、訛りのあるリズムセクションに独特な雰囲気を加えている。また、曲によって参加人数は違うが、管楽器(各種サックス、トロンボーン、フルート、クラリネット、フリューゲルホルンetc)が手厚く配置されており、サウンドに華やかさを感じさせる。
プロデューサーにはアート・リンゼイを迎えられており、ブラジルのプレイヤーばかりが集まった本作で、過剰なサウダージ感を抑えるための手綱を握っていたのかもしれない。
おそらく小津安二郎にオマージュを捧げであろう#2「Ozu」はブラジル人の考える”オリエンタル”なニュアンスがよい。
Lourenço Rebetez - O CORPO DE DENTRO (Making Of) - YouTube
7. 清水靖晃 / NHK土曜ドラマ「夏目漱石の妻」オリジナル・サウンドトラック
このアルバムの一曲目であり、このドラマのメインテーマとなっているのが#1「新しい時代ワルツ - オーケストラ」だ。
ご存知の通り、夏目漱石が生きた明治という時代には、江戸時代の300年にも渡る鎖国が解けて様々な欧米の文化が流入してきた。
牛肉が入ってきてすき焼きを楽しむようになり、「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」という言葉の通り、髷という今にして思えばとてつもなく奇妙な髪型も少しずつ過去の物となっていく。そんな新しい時代にあって、音楽はどうだったのか。
調べてみると、吉松隆のこのブログ記事にたどり着き、参考になった。
舶来ものが好きだった信長の時代には多少なりともあった西洋音楽との交わりも鎖国によりほとんど断絶していたようだ。そして、日本が鎖国をしている300年の間に、ヨーロッパではバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンといった誰もが知っている作曲家がその生涯を閉じ、演奏技巧においてもヴァイオリンではパガニーニが、ピアノではリストが極地にたどり着いた。そんなとんでもないものが明治になると同時に(庶民からすれば)突然やってくるわけだから、その驚きは如何様であっただろう。
漱石がロンドン留学した1900年(明治33年)には、すでにドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲(1894)」を発表しており、マーラーが交響曲第5番、シベリウスが交響曲第2番を作曲していた頃だそうだ。その頃の日本だと滝廉太郎が活躍しており、その後山田耕筰なども登場する。
話を本作に戻すと、このアルバムに収められた音楽では、明治という時代、そしてその時代を生きた漱石夫妻の希望や不安、苦しみが表現されている。明治時代におそらくここまで当時の西洋音楽をきちんと消化していた作曲家はいなかったであろうが、このアルバムを聴くと、まさに西洋音楽に触れて間も無い明治時代の香りがするのだから不思議だ。清水靖晃の想像力に感服するしかない。
新しい時代ワルツ - オーケストラ by Yasuaki Shimizu
6. Giorgio Tuma / This Life Denied Me Your Love
南フランスのシンガーソングライター、ジョルジオ・トゥマの4枚目のアルバム。
ジョルジオ・トゥマの音楽的なルーツは、ソフトロックやブラジル音楽、そしてイタリアの映画音楽があるようだ。思えば、イタリアには世界的に有名なエンニオ・モリコーネを筆頭に、アルマンド・トロヴァヨーリ、ピエロ・ウミリアーニ、ピエロ・ピッチオーニなどを生み出した豊かな音楽的土壌(CDで手に入りにくいこのあたりの作曲家のサントラがApple Musicにかなり揃っていてありがたい)があり、ジョルジオはその土で育った音楽家と言えるだろう。
本作のハイライトであろう「My Last Tears Will Be A Blue Melody」は本人が「モーリス・ラヴェルやピエロ・ピッチオーニ、ビーチ・ボーイズからインスパイアされたんだ」と語る通り、ラヴェルの繊細さと「God Only Knows」に見られるようなビーチ・ボーイズの天上感が合わさって、まるで祝福を受けているような気持ちになる。
ジョルジオ・トゥマの作品のライナーノーツを書いている吉本宏さんが、ジョルジオに会いにイタリアに尋ねた時の話が以下のリンク。
こういう場所で時間の制約を気にせず、気心の知れた信頼出来る仲間と自分の音楽を突き詰めて作品を作れることは理想的なことだと思う。と同時に、これほどの作品が何故あまり広まっていないのだろう?流通の問題だろうか?と若干寂しくもある。
費やした情熱と手間とコストに見合った評価がこの作品についてくることを心から願ってやまない。
GIORGIO TUMA - Release From The Centre Of Your Heart [Audio] - YouTube
(↑はステレオラブのレティシア・サディエールに提供していたのセルフカバー)
GIORGIO TUMA - My Last Tears Will Be A Blue Melody [Audio] - YouTube
Giorgio Tuma - Anna, My Dear(MV) - YouTube
5. 蓮沼執太 / メロディーズ
前作の蓮沼執太フィルでのアルバム「時を奏でる」で一つ上のステージに上がったようにも感じられる蓮沼執太の新作。
蓮沼執太の音楽は、それがソロの電子音楽であれ蓮沼執太フィルのような大編成のユニットであれ、耳馴染みのいいメロディーを聴くことが出来る。本作では全曲が蓮沼執太の歌唱となっており、アルバムのタイトルが示す通り、今まで以上にメロディーを聴かせることに重点が置かれ、最もポップスに振り切った作品と言える。
ご機嫌な口笛から始まる「アコースティック」に始まり、しっとりと聴かせる「TIME」までの全10曲、中弛みすることなく心地よく聴くことが出来る。
さて、蓮沼はこのインタビューで 、自分はシンガーソングライターではないので本来自分の曲を他の人に歌ってもらってもよいのだがと前置きしつつ「作った楽曲に対して、自分が歌うことで筋を通したい」といった発言をしている。
楽器の演奏にも人それぞれの特色が出るが、声(歌)ほど十人十色の音を鳴らし、人への訴求力が強い楽器がないことは周知の通りだろう。そして、声自体がその人の出来る音楽や演っている音楽を規定してしまうことは往々にしてみられる。10代の女の子がヘヴィメタルをやることは出来ないのだ(ここであそこのオタクに殺される)
そして、音楽家が自分の声と向き合うことは自分自身と向き合うことでもある。本作は、その事に自覚的な人間が作った音楽であると感じることが出来た。
しかし、こういう音楽こそ地上波のテレビで一度くらいは流れて欲しいものである。
「よく晴れた休日のお散歩で聴きたい音楽2016」、堂々の第一位。
蓮沼執太『メロディーズ』MV「RAW TOWN」 - YouTube
4. Andre Mehmari & Antnio Loureiro / Mehmari Loureiro Duo
アントニオ・ロウレイロとアンドレ・メマーリというブラジル新世代の天才二人がタッグを組んで制作された本作は、事前に抱いていた大きな期待に十分に答えるものだった。
収録曲17曲のうち、アントニオ・ロウレイロの書いた曲が3曲、アンドレ・メマーリの書いた曲が7曲、共作が7曲となっている。
アントニオ・ロウレイロはドラムとヴィブラフォンを中心に演奏している。個人的にはマルチプレーヤーのイメージが強かったアントニオ・ロウレイロではなく、ピアニストとしてのイメージが強かったアンドレ・メマーリが、ピアノやシンセ、アコーディオンの鍵盤類だけでなく、フルートやギター、マンドリン、スペインの民族楽器であるチャランゴといった弦楽器までを演奏していることを少し意外だった。
本作はアントニオ・ロウレイロのヴィブラフォンが大活躍しており、単純にヴィブラフォン好きの私に心地よく響いたこともあるが、全編通してブラジル新世代の美意識が強く感じられる内容だったように思う。
アントニオ・ロウレイロは今後、カート・ローゼンウィンケルの新プロジェクト「Kurt Rosenwinlel's CAIPI BAND」にも参加していくようなので、そちらも楽しみにしている。
3. Julian Lage / Arclight
ジュリアン・ラージ(ジュリアン・レイジとの表記もあり、まだ統一されていない様子)のトリオ作品。
5歳からギターを始め、17歳でゲイリー・バートンにフックアップされたジャズギターの神童も現在は29歳。そのギターの腕前は、バークリーのフルスカラシップ生(優秀な学生の学費を全額免除する制度)だったはずのCRCK/LCKS、井上銘さんをして以下のように語られている。
本作でジュリアンはテレキャスターを弾いており、古い曲のカバーだけでなくオリジナルも含めて全編穏やかでおおらかなアメリカーナを奏でている。日本人の私ですら何故か郷愁を感じてしまうのだが、もしかしたら私の血にも1%くらいアメリカ人の血が入っているのかもしれない。わりと鼻は高いほうだし……。
冗談はさておき、本作にはノラ・ジョーンズ「Don't Know Why」の作曲者であるジェシー・ハリスがプロデューサーに迎えられ、「20世紀の初頭から半ば、バップ以前の音楽を自分なりに表現したかった」というジュリアンの考えと方向性に適切なアドバイスをくれたようだ。
(色々と調べていたら2011年に書かれたこういう記事を見つけたので参考に一部を引用させていただきます)
さて、本作は長い曲でも4分ちょっとなため、聴いていてサクサクと進んでいく。全編を通して難しいことばかりをやっている印象は受けないが、圧倒的なスキルに裏打ちされた演奏からはどの瞬間にも余裕が感じられ、その一音一音に表現をする意思が満ちている。そういう音楽にこそ、本当の豊かさがあるように感じる昨今である。
Julian Lage - Nocturne (Single) - YouTube
Julian Lage - Harlem Blues (Single) - YouTube
Julian Lage - "Persian Rug" (Live from the Blue Whale) - YouTube
2. Jacob Collier / In My Room
以下にエントリで触れています。
1 . Punch Brothers / The Phosphorescent Blues
2015年1月にリリースされたアルバムをこの位置に置くのはどうかと思いつつ、国内盤が出たのが今年なので選出した。
さて、このバンドの編成はギター、マンドリン、バンジョー、ベース、フィドルで一般的なブルーグラスバンドと変わらない。しかし、アメリカのルーツミュージックは勿論のこと、クラシック(本作でもドビュッシーやスクリャービンをカバーしており、スクリャービンの方は1分弱の小品だがとても気に入っている。)やジャズ、ロック的なダイナミズムまでを取り込み、その編成によってブルーグラスの音のテクスチャーは残しつつも、ルーツミュージック特有のバタ臭さが排除されているそのサウンドには他と比較出来ないユニークさが感じられる。そういった音楽性を表して”ニューアメリカーナ”という言い方をされることもあるようだ。
以下は中心人物、クリス・シーリの談。
(どうやらレディオヘッドのカバーが十八番らしい…ジャズもブルーグラスも新世代の奴らは揃いも揃ってレディオヘッドだ)
今年のブルーノート東京での来日公演では、この動画のようにマイク1本を5人が囲んで演奏するスタイルだったようで、観た人からの驚きの声が多くきかれた。
アメリカのルーツミュージックの中でも、特にブルーグラスは今まで深く掘り下げて聴く機会にあまり恵まれてこなかった。Julian Lage「Arclight」もそうだが、そんな私の耳と、過去の音楽につながる扉を開いてくれる音楽にまた一つ出会えたように思う。
なお、2017年の頭にはクリス・シーリ(マンドリン)とブラッド・メルドー(ピアノ)のデュオアルバムが出るようなのでそちらも楽しみにしている。
Punch Brothers - "I Blew It Off' - YouTube
Punch Brothers - "My Oh My" - YouTube
【個人的メモ】
上の記事を公開後に聴いた作品でここに入れてもいいくらい気に入った作品を記録として残しておきます。(随時)
・Arthur Verocai / No Voo Do Urubu
・網守将平 / SONASILE
・Steve Lehman / Selebeyone
・GUIRO / ABBAU(シングル)
映画「この世界の片隅に」を観て
【あらすじ(wikipedia引用)】
1944年(昭和19年)、絵が得意な少女浦野すずは広島市江波から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。戦争で物資が不足する中、すずは不器用ながらも懸命にささやかな暮らしを守るが、軍港の呉はたびたび空襲を受けるようになり、1945年(昭和20年)6月、すずも爆風で右手首から先を失う。見舞いにきた妹のすみからお祭りの日に帰ってくるよう誘われるが、その当日8月6日、呉では閃光と轟音が響き、広島方面からあがる巨大な雲を見る。8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは、今まで信じていた日常を裏切られたくやしさで泣き崩れる。翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、祖母の家に身を寄せていたすみと再会。両親は亡くなり、すみには原爆症の症状が出ていた。廃墟となった市内で、すずはこの世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝しながら、戦災孤児の少女を連れて呉の北條家に戻るのだった。
【作中における"戦争"について】
本作は、すずを中心とした北條家の日々の営みを軸に描かれている。
そういった中で戦争をどのように取り扱っているかというと、反戦のようなイデオロギーに偏るでもなく、当時の市井の人々の暮らしの中に紛れ込み、徐々にその暮らしを変容させていくものとして描かれている。
作中の市井の人々は、戦争が自身の生活に紛れ込んでくることに抗いようがなく、戦争をも織り込んだ日常を懸命に生きようとしている。そして、おそらくこれが当時の大多数の国民のありのままの姿であったろうことは想像に難くない。
本作における戦争自体への言及は、巡洋艦「青葉」の乗組員として出兵し、仲間を失いつつ生き延びてきた幼馴染の水原晢が、すずに対して「おまえだけは最後までこの世界で普通で、まともでおってくれ」と当時の日本の異常性について示唆的な発言をした場面くらいだったのではないだろうか。
では、戦争が物語の添え物に過ぎなかったかという決してそうではなく、戦争自体の悲惨さは、戦争を描いた過去の様々な物語の中でも際立っているように感じられる。
それは、戦争が市井の人々の生活の中に入り込み、その生活を全く別のものに変容させていく過程を徹底した時代考証と細やかなディテールで丁寧に描いており、そのことが昨今のどことなく危うい方向に向かっているように感じられる社会情勢を生きる私たちにリアリティを持って迫ってくるからであろう。
さて、物語の終盤、玉音放送が終戦を告げた。しかし、私がこの作品の中で最初に終戦を感じたのは、白米を炊き(家長の円太郎の器に多く盛られていたのが時代を感じさせた) 、電灯の覆いを外して夜の呉の町に明かりが戻っていく場面であった。以前の日常をひとつ取り戻した、そんな場面こそ、この映画における”終戦”にふさわしい。
【居場所について】
本作にとって重要なキーワードが”居場所”だった。ここでいう”居場所”とは、家族や友人、恋人といった人との繋がりの中から生まれる自分の身の置き場のことだ。
そして、この作品は「すずの居場所」をめぐる物語でもある。
住所も苗字も覚えておらず、顔もみたことのない相手のところに嫁いだすず。
ある日、畑で夫・周作と会話している中で、呉に多く咲く白いタンポポの中に黄色いタンポポが一つ混ざっていることに気づく。すずは黄色いタンポポを抜こうとすると周作を「遠くから来たかもしれんから」と言って止め、他所からきたタンポポと自分の境遇を重ね合わせる。
その後、義姉・径子にはきつく当たられることはあるものの他の家族やご近所と慎ましく暮らしていたが、ある日、すずは呉に落とされた時限爆弾で被災し、一緒に連れていた径子の娘・晴美を死なせてしまった上、自身も右前腕を失ってしまう。
すずは晴美を死なせた責任を感じながら、径子の罵倒を受ける。右前腕を失ったことで家事や身の回りのこともままならず、生きる喜びであった絵を描くことも奪われて、北條家での自身の役割や生きる意味を見出せなくなってくる。
妹・すみはそのことを気遣い、「江波に帰ってきたらどうか?8月6日は町のお祭りだから」とすずに提案する。
すずの気持ちは江波に帰る方向に傾いていたが、8月6日は病院の受診のため、まだ呉に残っていた。径子に「晴美が死んだことをあんたのせいにして悪かった。あんたの居場所はここでもええし、自分で好きに選んだらいい」
周作からも「いつまで他所にきたつもりでいるんだ」と叱責まじりですずの居場所が北條家にあることを伝えられていた。
すずはようやく北條家に自分の居場所を感じることが出来、径子に「ここにいさせてほしい」と伝える。そんな時、広島に原子爆弾が落とされた。
すずは原爆で両親を亡くし、妹・すみも原爆症に苦しんでいる。江波(浦野家)という居場所がほとんど無くなってしまったが、すずは北條家で生きていく。「すずさんには生きていくことに使命を感じている」とすず役を演じたのんさん(能年玲奈)が語っている通り、悲しんでばかりもいられないのだ。
そして、周作は「わしは絶対に帰ってくるけぇ、すずさんとこにの」と語り、すずもまた「呉はうちが選んだ場所ですけぇ」とお互いがお互いの居場所であることを確認し合うのだった。
【生き抜くこと】
本作は、戦争という逃れられない災厄に直面したすずが北條家という居場所を見つけ、その居場所がすずとこの世界とを繋ぎ止めたというお話だった。
嫁いだ黒村家と離縁した径子も実家という居場所に戻ってきており、最後に北條家に迎え入れられた戦災孤児の女の子もまた新しい居場所によって命を繋いでいる。
この話を少し普遍化して考えてみたい。
私たちが人生の中で逃れられない困難に直面し、ギリギリの状態になった時、逃げ込める場所が”居場所”であり、この世界に対する愛と執着を保たせてくれるものも”居場所”であるということだ。
それぞれの方にそれぞれの事情があったのだろうが、日本では毎年2.5万から3万近い人が自殺している。(思えば、本作冒頭で流れたカバー曲「悲しくてやりきれない」のオリジナルを作った加藤和彦も自ら命を絶っている)
ここ10年で減少傾向にはあるものの、未婚化が進んでその人と世界とを繋ぎ止めてくれる自身の”居場所”が曖昧な人たちが増えていくであろうこの先の世の中でどうなっていくのかはわからない。
未婚で実家という居場所にいる私も、いずれ両親が亡くなった時、この世界に自分の居場所を見つけられるだろうかと不安になることもある。
それでも、この生きづらい世界の片隅に居場所を見つけ、すず達のように前を向いて生き抜いていきたいものだ。
泣いてばかりじゃ勿体ない、塩分がね。
サニーデイ・サービス「Dance To You」
私は今年30歳になった。当然、年を重ねるごとに肉体的、精神的な変化がある。
それが私の音楽の嗜好にどの程度影響しているのかは定かではないが、音楽が心に深く作用するものである以上、メンタリティに変化があれば当然無関係とは言えないはずだ。
さて、私にはサニーデイ・サービスに対する特別は思い入れはない。不思議なことに一度もちゃんと向き合うことがなく今に至ってしまったからだ。
そして、本作でサニーデイ・サービスの音楽に初めてちゃんと触れることとなった訳だが、結論から言うとグッときた。これは間違いない。しかし同時に、「もしかすると滑り込みセーフだったかもしれない」という感覚も覚えた。
私が今後どのように変わっていくのかは私自身にもわからないが、歳を重ねるごとに”自分にとって”新しいものを受け入れることが難しく(もしくは億劫に)なるというのが、どうやら一般的な感覚らしい。そして、それはその対象と今の自分との距離が遠ければ遠いほど顕著になるだろう。
本作には、若い頃に誰しもが持ち得るジリジリとした焦燥やいくあてのない情熱、異性(別に同性でもいいが)に対する抑えきれない情動のようなものがパッケージされているように思う。(今年45歳の曽我部さんがそれを形に出来るのは驚くべきことだ)
現在の私の日常は、こういった感情とかなり距離が生じている。本作を聴いて刺激された部分も、自分が嘗て抱えていたそれらの感情に対するノスタルジーに近いものであったように思う。あるいは、心の奥に押し込めて存在すら忘れていた幾つかの感情に思いがけず触れることが出来たような感覚だ。しかし来年、再来年の私が同じように感じるか……自分でもわからない。少なくとも今の自分にとってのリアルではないからだ。
#1「I'm a boy」で始まる本作。世間的に私は”boy”の年齢ではない。しかし、良くも悪くも心の奥底にはまだ”boy”が居座っていたようだ。
サニーデイ・サービス「パンチドランク・ラブソング」 - YouTube