雨にぬれても

その時々の心の残ったものの記録が主な内容になるかと思います。音楽に関する話が多くなりそうです。

ミナ ペルホネンの金沢出店のニュースに際して「地方」について思うこと

これから書くことはすべて自分自身のことを棚にあげた愚痴です。

さて、北陸新幹線開業以降、金沢の街が以前と比べて格段に賑わっていることはまず間違いないです。観光客が増えてくると共に、その賑わいに引かれる(惹かれる)ようにして地元民も街に出てくるようになった。そんな印象も受けます。

しかしながら、僕がこのニュースを見て第一に感じたことは「大丈夫かな?」です。

まず、ミナ ペルホネンというブランドについて僕自身の認識でざっくりとした説明をするならば「ブランドオリジナルのユニークな柄のファブリックを使い、トレンドとは距離を取った独自の哲学を元に実直なものづくりをしているブランド」という感じになります。どうでしょう?合ってますかね?加えて、これは僕の勝手な想像ですけども、50年、60年後、このブランドがとっくに無くなっていて、若い子が誰もこのブランドを知らなくなった世の中で、おそらくその時代のおしゃれに敏感な女の子がここの洋服を古着屋で手にとって、「これはいつの時代の、どこの国の洋服なんだろう?」と心をときめかせる。そんなブランドな気がするんですね。

実際にここのブランドの服がどういうものなのかは検索して調べていただければと思うのですが、とりあえず参考までにアイテムごとの大体の値段は、というと

カットソー 10,000円、ブラウス  30,000円、ワンピース 60,000円、ボトムス 40,000円

くらいでしょうか。お高いですよね。

続いて、ここから先の数字も僕の頭の中で何の根拠もなく出したものだという前提で聞いて欲しいのですが、まず所得だけに限った話で、この価格帯の洋服を買える人の差が東京(関東)と石川でどのくらいあるのかを考えてみたいと思います。

東京 人口1,350万人

石川 人口115万人

人口の差だけでいえば12倍くらいですが、東京は関東地方全体で4,200万人もの人がいますし、関東と地方での所得格差や世代構成も考えて、とりあえず「石川は関東圏の1/20」くらいの数とさせてください。

ただ、ここでは人口の差や所得格差を問題にしたいわけではなく、個人的に問題としたいのはここから先です。

関東と石川の「所得をクリアした人」のうち、どれだけの人がミナ ペルホネンを知っていて手に取るかという、つまり簡単に言えば「文化格差」の話です。これに関してはもう何のデータもないので、僕自身の肌感覚で「石川は関東圏の1/5」くらいの数とさせてください。これでも分母を少なめに見積もったつもりです。

完全に机上の空論ではあるのですが、ここでミナ ペルホネン金沢店はミナ ペルホネン代官山店と比べて、1/100の大きさのマーケットを相手に商売をするのやも、という想像に至ります。

なにも「ここのブランドを着るような彼女が欲しい(彼女が出来たら着てほしい)」とか「ここの服を着てる人は無条件で感性が豊かだ」とかそういった話ではなく、「(ここではミナ ペルホネンを例にあげましたが、)こういった存在(ブランドやお店、業態)がきちんと継続して存在し得る」ということがその街の文化的な豊かさの指標足り得る、とは思っています。

人口や所得の差だけでは説明しきれない(上から目線を重々承知で言うならば、「人の差」としかいいようのない)文化的な格差について、地方に住んでる方は色々思い当たることがあると思います。

国民的大ヒット作(アナ雪、エヴァ君の名は。)やファミリー向けアニメ(ドラえもん、コナン)以外の映画の劇場での客入りはどうですか?

あなたの好きなミュージシャンがわざわざ公演に来てくれた時の会場のキャパと客入りはどうですか?仮に埋まっていても地元民は半分くらいで、残りは関東や関西のファンの遠征だったりしませんか?

自分の得意じゃない分野において自分自身もほかの人に同じような気持ちを感じさせているであろうことを理解しつつも、そういった格差らしきものに複雑な気持ちを感じながら日々を過ごしています。

本当にただの愚痴ですいません。