雨にぬれても

その時々の心の残ったものの記録が主な内容になるかと思います。音楽に関する話が多くなりそうです。

とある童貞の手記

今日、twitterで長く付き合いのある友人から結婚の報告があった。

その人とは、お互いにアイドルが好きだったことがきっかけでやりとりを始めたように記憶している。

正直にいって、その突然の報告には大きな驚きがあったけれど、それよりも「彼の魅力をちゃんと理解してくれる女性がしっかりと存在するのだから、この世はまだましだな」という喜びのほうが大きかった。

本当に、本当にご結婚おめでとうございます。

(式は挙げないとのことだけど、今年のサマソニのTUXEDOの10000倍くらい彼のタキシード姿を見たいというのが正直なところだ。)

 

----------------------------------------------------------------------------

さて、そんな素晴らしい出来事を枕にしてこれから書く話は、本来僕個人の胸のうちにひっそりと秘めておくべき類のものであり、インターネットの海に広く公開することは半ば精神的露出狂のようなものであると自覚はしているが、夏も近づくこの良き日に、今の僕の裸の心を開チンしてみるのも一興と思い立った次第だ。

この文章を公開したことを死ぬほど後悔している明日の朝の自分がはっきりと眼に浮かぶようだが、恋愛も結婚も何事も、きっと勢いが必要なものだろう。よくわからないが、どうやらそういうものらしいと聞いている。

 

まず初めに、タイトルにある「とある童貞」とは、無論僕のことだ。

素人童貞ですらなく、すでに三十代に入っている立派な中年童貞。ネットの世界で”魔法使い”と呼ばれる存在なわけだから、もしもピアノが弾けたなら、僕は小沢健二よりも上手に"魔法的"なツアーが出来たに違いないが、それはどうでもいい。

僕が童貞であることはtwitterでは既にネタにしており、擦り倒して飽きられている空気すらも感じるが、職場や身の回りの人間関係の中においては当然のことながら公にしていない。こんな文章を書いている僕にとっても、いくらかデリケートな話であることは強調しておきたい。

 

さて、そんな僕だが、今まで一度も彼女がいなかったのかと言うと、実のところそういうわけではない。

中学3年の春、なにがしかの委員会で一緒になった同級生の女の子と仲良くなり、その年の夏のはじめに付き合い始めた。自分で言うのもなんだが、なかなか可愛い女の子だったと思う。

夏休みに入り、地元の花火大会にも一緒に行った。浴衣で来てくれるかと期待していたので、私服だった彼女にほんのちょっとガッカリしたのを覚えている。その花火大会で自分に課していたミッション「手をつなぐ」は結局達成出来ずに彼女を家まで送り届けた。その帰り道、彼女が少し不満そうだったことは何故だかはっきり覚えていて、今でもその理由はよくわからない。

二学期に入ってからは、時間を合わせて人目のないところで手を繋いだりしながら一緒に下校していた。

秋に入り、運動会。その子も、実は僕もそれなりに運動が出来たため、運動会自体は苦なイベントではなく、そこそこに活躍してお互いいい気分だったのかもしれない。運動会が終わり、いつものように彼女を自宅前に送り届け、別れ際に初めてのキスをした。

初めての彼女との初めてのキスが、彼女の自宅の前での路チューだったというのは我ながらなんて大胆なんだと今になって思う。今の自分には絶対に出来ない。

それからは、僕が彼女の自宅に上がり、彼女の部屋でいっしょに過ごす時間が増えた。

彼女の部屋のラジカセからは延々とモーニング娘。のアルバム「セカンドモーニング」が流れていたが、僕がアイドルを好きになり、「セカンドモーニング」収録の「真夏の光線」や「Memory 青春の光」の良さに気付くのはそれからだいぶ時が経ってからのことで、当時はただのBGMだった。

それはさておき、彼女と二人、同じ部屋の中で過ごしていれば当然物事は進展する。季節は冬にさしかかっていて寒かったこともあり、ベッドの中で身を寄せてお互いを暖めあった。このあたりのことを詳しくは書かないが、簡単に言ってしまえば古いスラングで言うところのBまでをその時に経験したことになる。

その時の状況を”やれたかも委員会”の審議にかければ、月満子も迷わず札をあげる満場一致の「やれた」となるだろうが、まだ子供だった僕らにはセックスに対する十分な知識も、それをする勇気もなかった。ただ、そこから進まなかった一番大きな理由は、触れ合っている時間の、心の深い部分でコミュニケーションを取れている感覚だけでお互いに充分満たされていたからだったのかなと今になって思う。

そんな彼女とも、高校受験を含めた諸々の変化の時期に別れることとなった。そのため、期間にすると8ヶ月くらいしか付き合っていないことになる。

その後も人と付き合うことがなかったわけではないが、お互いの気の迷いのようなところから始まった交際で、とても恋愛と呼べるものではなかった。

十数年の月日を経て細部が抜けおち、思い出として美化されているであろうことは承知しているが、先ほどの最初の彼女との関係だけが僕にとっての恋愛経験と性体験のほとんど全てだ。

 

かくしてペッティングと路チューのみを経験した歪な形の三十路の童貞が生まれることになったのだが、最初の彼女との間にあった、もしくはあったと錯覚した”射精の快感を伴わないけれど精神的に充足した性体験”の記憶は、おそらく僕の価値観に大きな影響を与えている。

「童貞なんかさっさと風俗で捨てればいいのに」という言葉にはこれまで何度も出会ってきた。その度に数枚の諭吉を握りしめて吉原の門をくぐろうかと何度も思っているのだが、結局行かずに踏みとどまっている。これも勇気や思い切りの無さが理由の一つかもしれないが、本当の理由は

「いくら真摯なサービスをしてくれる嬢にあたっても、金銭の対価として体温の交換を行う性風俗は、精神的な部分でいえば”他人”という道具を用いたマスターベーションに過ぎず、あの時に感じた精神的な充足感は得られないに違いない」

という、自分の中でのわりと確信に近い思い込みがあるためだろう。

「童貞がなに言ってるんだ」「つべこべ言わずに一発やってこい」という意見もわかる。わかるのだけど、僕はあのベッドの中で感じたあの感覚をまた感じたくて、あるいはあの時の心と心が通い合った感覚が若さゆえの幻想だったのかどうかを確かめたくて、今も童貞のまま生きているのだろう。

 

そういうわけなので、現在彼女募集中です(重い)