雨にぬれても

その時々の心の残ったものの記録が主な内容になるかと思います。音楽に関する話が多くなりそうです。

「ポジションを取る」ということ

今年の夏頃から、投資家というにはあまりにも未熟だけど銀行に眠らせていたお金を運用しはじめた。

31歳からというのは全然早くないので、ここで書くことも「何を今更」といった感じで読む人も沢山いるだろうけど、自分が今感じていることをまとめてみたいと思う。

 

とりあえず現状をざっくりと書くと、夏頃よりロボアドバイザーWealthNaviに入金し、国際分散投資をしている。現在、日本もアメリカも株価が上昇傾向にあり、運用成績的には年12%くらいといい感じなのだけど、これに関してはポートフォリオを全て自動で組んでくれるため自分が何かを勉強する必要もなく、ただ今の時代にうまく乗ってるだけ、という感覚だ。

 

そして、12月の中頃から話題の仮想通貨を買いはじめた。

仮想通貨を買うタイミングとしてはおそらく全然早いほうではない。(長期的にみた時、結果として「遅くはなかった」と思えたら嬉しいが)

もちろん何を買うかを考える上で色々調べたりはしたものの、痛感するのは「ポジションを取ってみる」ということの大切さだ。

仮想通貨の現状について簡単にまとめるとこういった感じになるだろうか

ビットコインも含め、ほぼ全ての仮想通貨は現時点において実用化のレベルには至っておらず、開発中のもの、ホワイトペーパーだけで製品がまだないもの、ただの詐欺、と様々な状態のものが混在している

②しかし、ブロックチェーンを中心とした核となる技術は将来的に様々な分野で応用でき、社会のインフラを支えるものとして機能するであろう、と考えられている

③現在の仮想通貨の値段はそういった期待も織り込んだものであり、ベンチャー投資に近い

④しかしながら、単に値動きの大きさに惹かれただけの投機マネーがかなりの部分を占めているのも事実

⑤それもあって、かつてないサイクルでバブルとバブル崩壊を繰り替えているような値動きになっている。12月末から1月頭にかけて過剰に暴騰し、その後暴落。ここ数日は一旦落ち着いたようにみえるが、今が底なのかは不明。

⑥2018年は2017年のようにあらゆる仮想通貨の価格が一様に上昇する状況は考えにくいが、きちんと実態の伴った仮想通貨は短期の値動きがどうであれ開発が進んでいき、世の中に広まっていくものと思われる。しかし、最終的に何が残るのかはまだわからず、後発の優れたものが今存在するものを追い抜いていくことも十分に考えられる。

 

といった感じだろうか。

少なくとも僕が買ったタイミングでは、メジャーなアルトコインでの短期的な大儲けが望める状況ではなく、僕自身もそれは期待していない。要は仮想通貨に対する現在の過剰な熱狂が終わったあとも、きちんと実用化に向けて進むものを見極めなくてはいけないわけだ。

自分の保有している仮想通貨の現状、好材料も悪材料(≒開発課題)も把握しなければいけないし、次々と新しいものが生まれたり既存のものも開発が進む中で、自分の保有しているものの優位性が保たれているかを常に確認しなければいけない。同時に初心者なので、テクニカルについても学ぶことが沢山ある。といったような感じなのだが、自分の身銭を切り、「ポジションを取る」ということが如何に物事に対する関心に繋がるのかということを痛感している。

それと同時に世の中に対する見方にも変化が出てきたように思う。新しい技術、モノ、サービスに対する関心が増し、それらが実用化されたり、流行ったりした時にどの程度世の中が変わるのか、世の中にどのくらい店舗が増えるのか、市場規模はどのくらいになるのか、自分の生活がどう変わるのかを考える機会がとても増えてきた。

これは田舎で毎日退屈していた自分にとってはとても刺激的で、未来に対する希望のようにも思えるものだ。

 

ついさきほど、twitterでこの画像を目にした。

ここ100年の間に起こった技術革新が世の中に定着し、5000万人に使用されるようになるまでに要した年月だそうだ。

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見ての通り、世の中が新しいものを受け入れ、変化していく速度は急激に加速していて今後もその傾向はさらに進んでいくのだろう。

何も考えずに生きていても自分の生活は変わっていくのだから、どうせなら新しい技術、モノ、サービスに早くから着目し、それが普及していく過程や世の中の変化を見つめながら、そこに幾らかの投資もしてみて、結果として幾ばくかの利益を得られるかもしれないならば、それはなかなか楽しいことなのかなと思っている。

投資のデビュー戦でこんなにもリスキーな値動きのものに関わるのはどうなのかとも思うが、数年経って思ったような結果が得られていなくても、この経験から何かを学べたら嬉しい。