犀の角のように

H30年7月9日より勉強ブログになりました。32歳からの学び直しの記録です。

エルメート・パスコアル@渋谷WWW X

ブラジルの音楽家、エルメート・パスコアルのライブを観てきた。

いつか観たいと思いながらもなかなか観る機会を得られかったが、昨年出た二枚組のアルバムも素晴らしかったし、御歳81歳ということもあって今回こそはどうしても観なければという気持ちから、来日公演の発表があってすぐにチケットを取った。そして、結論から言うとその判断は大正解だった。

僕は椅子席を予約していたため、開演の20分前くらいに会場に入ったが、運良く最前列に座ることが出来た。

ブラジル音楽のライブには何度か行ったことがあるけれど、個人的な印象として、集まっているお客さんはどことなくおおらかで理知的な印象の人が多いように思われ居心地がいい。今回は子供の入場が無料だったこともあり、老若男女、家族連れと幅広い層の人たちが集まっていたが、やっぱり同じような居心地の良さを感じた。きっと様々なブラジル音楽に共通する穏やかな空気がそういう人を呼ぶのだろうと思う。

ライブが始まると、そこからはめくるめくパスコアルの世界が広がった。

おおらかだけどアグレッシブで、知的だけどユーモアに溢れた音楽が椅子席に座っている僕の身体を自然と揺らした。最近では座ってライブを観る楽さにすっかり慣れてしまい、可能であれば椅子席を選んでしまう僕だが、久しぶりにスタンディングで観ればよかったなと思うライブだった。

各メンバーのソロの後は観客から暖かい拍手が飛び、ステージの上をゆっくりと歩くパスコアルとメンバーとの間にはお互いに対する信頼と尊敬のようなものが感じられた。幻想だろうけど、ライブハウスの空間自体に親密な空気が流れているような気さえした。

とにかく「エルメート・パスコアルというブラジル音楽の巨星をちゃんとこの目で観ることが出来て良かった」ということに尽きる。

 

さて、日本にはブラジル音楽好きがそれなりにいるようだ。しかし、日本のブラジル音楽好きが好んで聴いている音楽の多くは本国におけるメインストリームではないらしい。アントニオ・ロウレイロアンドレ・メーマリ、アレシャンドリ・アンドレス、ハファエル・マルチニなど、これまでのブラジル音楽の大きな流れに連なる素晴らしい音楽家がたくさん出てきているが、YouTubeで彼らの音楽を調べた時、再生数はその音楽の素晴らしさとは不釣り合いなほど少ない。

世の中はどんどんグローバル化している、経済も情報も。音楽は早くからインターネットの中で複製、配布され、市場価値を薄められてきた。そして、ようやく今、サブスクリプションサービスという形で新しい業界のあり方が固まってきた段階だろう。

サブスクは音楽好きからすればこの上なく便利なサービスだ。世界中の音楽をほとんどお金をかけることなくいくらでも聴けてしまう。世界中の音楽家にとっても、自分の音楽を世界中の人に余計な流通コストをかけずに聴いてもらえるチャンスがある、といえる。

しかし、現実的な話をすると、ブラジルというローカルの中でもメインストリームでない音楽が、世界中の音楽が集まるサブスクの中で世界の人たちに発見され、たくさんの人に聴いてもらえるかというとかなり希望は薄いように思う。

むしろ、これから発展してくるアジアやアフリカも含めた世界中の国の人々がアメリカなどの先進国のメインストリームの音楽に容易に触れられるようになり、影響を受け、その結果として世界の音楽の均質化がさらに進むと考えた方が良さそうだ。すでにグローバルスタンダードになった洋服なんかがわかりやすい例ではあるが、世界の均質化が進んだ中で、その中に残る各国の独自性を楽しむ感じに少しずつなっていくような気がする。(もちろんそれぞれの音楽家には個別の個性があって、全体としての音楽の傾向とは別に向き合うべきだろうけど)

そのこと自体をいい悪いというつもりもなくて、これからの世の中を思えば必然とも思えるのだが、どこか寂しさを感じる気持ちは否定できない。

僕や日本のブラジル音楽好きが好んで聴いているような、ブラジル国内でもメインストリームでない音楽が、これから先もその特有の美しさや豊かさを失わずに残っていくのかはわからない。

世の中の大きな流れとしてのグローバル化に個人で抗う術もなく、その流れの中で正しいと思える振る舞いをするしかないんだろうと思う。

僕個人に出来ることとして、素晴らしきローカルをちゃんと愛そう。改めてそう思った一日だった。