私的年間ベストアルバム2016
例年だと少なくとも上位3枚くらいはあまり揺るがない感じで決まっていたのだが、今年は色々なアルバムを聴く度にそれをどの順位に置くかがコロコロと変わった。思い切ってえいや!と公開したものの、明日の自分はこの並びで良かったのか疑問に思っていることだろう。
自分にとって”絶対”と思える盤が少なかったのか、あるいは素晴らしい作品が多くて悩んでいるだけなのかはまだ判然としないが、来年以降、今年の盤をどれだけ大切に聴いていくことになるかでハッキリとしてくるだろう。
今年のリスニングの傾向として、自分の耳と心にスッと入ってくる音楽を中心に聴いていたような気がする。そのぶん、自分を大きく揺さぶってくるような作品とは少し距離があったような気がしなくもない。
しかしながら、今年は例年以上に沢山のアルバムを聴いたし、実感としては非常に楽しい一年だった。
毎度のことながら、私の選盤は音楽メディアのランキングのように時代を切り取ろうとする意志を込めていないし、単純に自分の気に入ったものを気に入った順に並べているだけの個人的な記録に過ぎない。それでもいいよという方に見ていただけると幸いだ。
これを書き終えた上で読み返してみると、Kendrick Lamarの名前が頻出していることがわかる。それだけ去年のアルバムが多方面に影響を与えたということだろう。今年のアルバムではどれがそういう作品となっていくだろう?
30. Noname / Telefone
Chance The Rapperの作品に参加しているシカゴのThe Social Experiment周辺のフィメールラッパーが出したフリーアルバム。
冨田ラボがApple Musicで公開した新世代アーティストのプレイリストの中に入っていたことで知った。
何かしらの凄みを感じさせるわけではないが、久しぶりに全く肩肘を張らずに心からリラックス出来るヒップホップに出会ったような気がする。
Noname - 01. Yesterday - YouTube
29. agraph / the shader
電気グルーヴのサポートメンバーとしても知られる牛尾憲輔のソロプロジェクトagraphの6年ぶりとなる3rdアルバム。
前作までのagraphの作品には個人的に少々叙情に寄り過ぎている印象があったのだが、2014年に牛尾憲輔名義で手がけた「ピンポン THE ANIMETION」の劇伴が面白かったこともあり、本作にも手を伸ばしてみた。
本作についてだが、サウンドには本人が意識して鳴らしているノイズも含めて前作とは比べものにならない程の濃密な情報量があり、持ち前の叙情性は残されているもののしっかりと抑制が効いていて程よい塩梅になっていると感じた。
agraphとしての制作には、劇伴などの外仕事と違って「締切」と「他者によるチェック」がないため、今回思い描いてた抽象的なイメージの世界観に近づけるように5年以上の時間を費やしたようだ。
牛尾自身がインタビューで語っていたが、映画やアニメ、ドラマなど何にでもすぐ影響を受けてしまうらしく、今作の製作中はそういったものあまり自分の中に取り込まないように努めたそうだ。そのあたりに私が”抑制”を感じた理由があるのかもしれない。
agraph - reference frame - YouTube
agraph - greyscale (video edit) - YouTube
Agraph - Radial Pattern ⁷ - YouTube
28. The Loch Ness Mouse / The Loch Ness Mouse
The Loch Ness Mouseは1992年にデビューし、本作が5枚目の作品となるようだ。
ノルウェーのバンドで「プリファブ・スプラウト直系の北欧ギターポップ」という売り文句で日本ではP-VINEから国内盤が出ることとなったが、アルバムを通して捨て曲が全くなく、二番煎じ感などを全く感じさせないくらい、とにかく曲がいい。
メンバーは6人(うち女性一人)で20年以上のキャリアがあるので当然と言えば当然なのだが、YouTubeのMVをみると思った以上におじさんとおばさんだった。中年らしい落ち着きと安定感があり、しかし若々しいピュアネスも兼ね備えた音楽であるように思う。
派手なアルバムとは決して言えないながらも、音楽の流行り廃りとは関係のないところでこういった音楽が生まれているのだなと改めて感じさせられた。
「Jordan:The Come Back」あたりのプリファブ・スプラウトが好きな人は是非。
The Loch Ness Mouse: The Cherry Blossom In Japan - YouTube
The Loch Ness Mouse: Bamboo (Love Is Not Cool) [official video] - YouTube
27. CRCK/LCKS / CRCK/LCKS
Vo.&Pf. 小田朋美、Dr.石若駿、Sax.小西遼、Ba.角田隆太、Gt.井上銘からなるCRCK/LCKSのミニアルバム。
石若駿は言うまでもなく今各方面から引っ張りだこの人気ドラマーであり、小田朋美が菊地成孔プロデュースで出した2013年のアルバム「シャーマン狩り」は個人的に非常に愛聴している大切な作品。CRCK/LCKSのリーダーでもある小西遼は象眠舎というラージアンサンブルを主宰していて挾間美帆とも一緒にイベントを行っている。角田隆太は自身のバンド「ものんくる」で素敵なアルバムを残しており、井上銘も高校時代から鈴木勲のバンドにフックアップされ、20歳でデビューアルバムを出している早熟なジャズギタリスト。つまり、若手オールスター集団とも言えるようなメンバーで構成されているということになる。
小田朋美は藝大作曲科というバリバリのクラシック畑の人であり、石若駿も打楽器であれば何でもこなせるようだが、基本的にほぼ全員の土台にはジャズがある。しかし、本作ではジャズにはそこまで拘らず、あくまでポップスを指向したようだ。
当然全員が曲をかけるため、それぞれに曲を出し合った結果、本作では小田朋美2曲、小西遼2曲、井上銘1曲、角田隆太1曲の収録となっているが、どの曲も一癖あるポップスに仕上がっている。
ちなみに小田朋美と石若駿が藝大卒、小西遼と井上銘はバークリー卒、角田隆太は明治大学文学部卒……(学歴は関係ないが)
「Goodbye Girl」PV CRCK/LCKS (クラックラックス) - YouTube
26. Bruno Mars / 24K Magic
一聴して、「この音楽をど真ん中のポップスとして消費するアメリカ人って基礎代謝が他の国民と全然違うんじゃないだろうか?発しているエネルギーが違いすぎるし、こんなん戦争して勝てるはずないやん。」とツイートした。
本来、本当に嫉妬すべきはKendrick Lamar「To Pimp A Butterfly」のような先進的でリリカルなヒップホップやD'angelo And The Vanguard「Black Messiah」のような濃密なブラックネスを携えた音楽がきちんと評価される彼の国の土壌に対してだろう。
その点、本作はブギーファンク風、JB風、90's R&B風といったように各曲ごとに参照元が明確に感じられ、ある世代以上の人間にとっては物凄くフレンドリーな内容だ。しかしながら、若い世代にとってフレッシュに聴こえるであろうアップデートはしっかりなされており、何より各曲の熱量とクオリティが高い。そして、(アメリカが日本と比べ、メジャー/インディー間の交流が活発なことを差し引いても)ブルーノ・マーズは前述の2組(ケンドリックとディアンジェロ)よりもポップスの世界の中心にいるように思う。結局、アメリカの黒人音楽が産んだポップスの歴史をわずか33分の作品に詰め込んだような本作の熱量がきちんと国民に届くというあたりに、日本の国民との音楽に対する理解度の違いを感じざるを得ず、それが前述の「勝てるはずない」に繋がっているのだと思う。
ともあれ、こういった御託を抜きにしてもすこぶる愉快な作品なのは間違いない。
Bruno Mars - 24K Magic [Official Video] - YouTube
Bruno Mars - Perm [Official Audio] - YouTube
25. Fernando Temporao / PARAISO
ブラジルのフェルナンド・テンポラォンの2ndアルバム。
ブラジル音楽については今まで、ショーロやボサノヴァ、ミナスサウンドといった”ブラジル”を強く想起させる音楽とジスモンチ、パスコアルあたりの流れに連なるような音楽を中心に聴いてきており、ロック色のあるものについてはそこまで聴いてこなかったように思う。
しかしながら、カエターノやジルベルト・ジルが中心に起こしていたトロピカリアでも欧米のロックミュージックを取り入れていたように、ブラジルにも当然その時代その時代の海外の潮流をしっかりと取り込んだ素晴らしい音楽が生まれてきているのだと本作を聴いて改めて感じることとなった。
USインディ的な実験精神を多分に感じさせつつも、「パライソ〜楽園〜」というタイトルが示す通り、レイドバック感のある楽天的なサウンドを聴かせてくれる。
プロデュースは「現代ブラジルの最重要人物カシン」とのこと。
このカシンという人物についての前知識は何もなかったのだが、昔ちらっと観ていた「ミチコとハッチン」という日本のテレビアニメで音楽を担当してサントラも出ているようで、試しにKassin名義でリリースした「Sonhando Devagar」をApple Musicで聴いてみると本作にも通じるような傑作だった。CDは現在廃盤でプレ値がついてる模様。こちらも再発などがあったら是非手に入れたい。
Fernando Temporão - Paraíso - YouTube
Fernando Temporão - Afinal - YouTube
24. 大西順子 / Tea TImes
演奏家はアスリートに例えられることがある。日々の継続した鍛錬によって、自身の演奏スキルの向上や維持をしていかなければならない。
2012年、大西順子はジャズ業界の衰退により自己投資が難しなり、プロとしての演奏水準の維持が難しくなってきたことを理由に引退を発表した。自身の自宅にあった3台のピアノも売りに出したようだ。翌年、小澤征爾と村上春樹の呼びかけでひょこっとステージにあがり、2015年に日野皓正&ラリー・カールトンのバンドメンバーとして活動を再開。そして2016年、菊地成孔プロデュースの本作が復帰作となった。過去のすべてのアルバムをセルフプロデュースしてきた大西順子が菊地成孔と手を組んだあたりに、復帰にあたって意欲的に変化を求めた印象を受ける。
プロデュースにあたり菊地成孔は近年の様々な作品を大西順子に聴かせてみたようだが、Kendrick Lamarの去年のアルバムにはやはりいい反応を示したらしい。
モダンジャズの王道をいく大西順子のピアノと菊地成孔が持ち込んだ新しい音楽のエッセンスが面白い化学反応を起こしていると個人的には感じるが、その分大西順子の従来のファンからは#8のOMSBのラップや#9の歌モノに対する疑問の声も聞かれた。しかし、それはそれで仕方のないことのような気もしなくもない。
そのほかでいえば、挾間美帆がホーンアレンジで参加した#5「GL/JM」なども聴きどころだろう。
23. 原田知世 / 恋愛小説2〜若葉のころ
前作「恋愛小説」は洋楽のカバーアルバムだったが、本作は日本のポップスのカバーアルバムだ。
原田知世が昔聴いていた曲を中心に選んでおり、1980年前後のヒット曲が多い。そのためか収録曲10曲(初回限定盤11曲)のうち松本隆作詞の曲が5曲となっている。
サウンドプロデュースは引き続き、伊藤ゴローが行っている。
洒落たアーバンソウル調の#1「September(竹内まりや)」、ガレージロックのように歪んだギターサウンドが楽曲の少年性を演出する#6「年下の男の子(キャンディーズ)」、伊藤ゴローお得意のbossa調の#7「異邦人(久保田早紀)」、ハープとソプラノサックスでとろける程に甘く奏でられる#10「SWEET MEMORIES(松田聖子)」、初回限定盤のみに収録だが伊藤ゴローのギターと原田知世の歌だけでアコースティックにカバーされた#11「いちょう並木のセレナーデ(小沢健二)」などなど、アレンジもバラエティに富んでおり、最後まで飽きを感じさせない。
おそらく選曲が選曲なだけに、音作りも含め、原田知世ファンのコア層だけでなく、広くマスに向けて作られているのだろうと想像出来るが、その結果が原田知世にとって実に18年8ヶ月ぶりのオリコン週間アルバムチャートTOP10入りに繋がったのかもしれない。
余談だが、このアマゾンレビューのような聴き方が出来た方は非常に幸運だなと思う。
22. Anderson .Paak / Malibu
未だにパークなのかパックなのかはっきりしないが、ここではアンダーソン・パークとして話を進める。
かなり端折った説明になるが、Kendrick Lamarの去年の大傑作TPABにも楽曲を提供していたKnewledgeとのユニット、NxWorriesで発表した曲「Suede」がきっかけでDr. Dreのアルバム「Compton」に参加し、一躍時に人になったアンダーソン・パークの自身の名義による2ndアルバム。
参加ミュージシャンにスクールボーイ・Q、Talib Kweli、BJ・ザ・シカゴ・キッド、参加プロデューサーにはマッドリブや9th Wonder、Kaytranada、そしてクリス・デイヴの名前が並び。クリス・デイヴのプロデュースした曲にはプレイヤーとして、ロバート・グラスパーと、クリスと同じくD'angelo & The Vanguardに参加していたピノ・パラディーノとイザイア・シャーキーが参加している。
一つ一つの曲で見ればジャンルは様々であろうが、もはや現代のブラックミュージックの総力戦のような形で、一枚通して捨て曲のないメロウな音楽を聴くことが出来る。
今年オープンしたばかりのWWW Xと深夜のリキッドルームで、The Free Nationalsというバンドを引き連れて行われた来日公演も大きな話題になり大盛況だったようだ。話に聞くと「エンターテナーで盛り上げ上手」「思ったよりも縦ノリ」とのことだった。またどこかのフェスなどで機会があれば観てみたいものだ。
Anderson .Paak - Am I Wrong (feat. ScHoolboy Q) - YouTube
Anderson .Paak - Come Down - YouTube
21. 冨田ラボ / SUPERFINE
前作から3年ぶりとなる冨田ラボの5thアルバム。
冨田さんは近年「(新世代ジャズを中心とした)新譜が面白い」と発言してきている。その影響は去年全面プロデュースしたbird「Lush」あたりから如実に表れてきており、本作では更にそれを推し進めたような形になっている。
客演にはYONCE(Suchmos)、コムアイ(水曜日のカンパネラ)、髙木晶平(cero)、藤原さくらなどなど、勢いのある若手を多く迎えている。
いわゆる冨田ラボ印ともいうべきサウンドからあえて外れて冒険をしたような音楽も多く収録されており、各曲ごとの振り幅も非常に大きい。
特にインストの#1を抜けると#2「Radio体操ガール Feat. YONCE」、#3「冨田魚店 Feat. コムアイ」と(いい意味で)変な曲が続いて驚かされるが、その後の堀込高樹作詞の#4「荒川小景 Feat. 坂本真綾」でホッと一息つかせてもらえるのでありがたい。
従来の冨田ラボサウンドに近い#6「Bite My Nails Feat. 藤原さくら」もやはり素晴らしい。
冨田ラボ - 「SUPERFINE」 / 冨田魚店 feat.コムアイ TEASER - YouTube
冨田ラボ - 「SUPERFINE」 / 荒川小景 feat.坂本真綾 TEASER - YouTube
20. KIRINIJI / ネオ
続いてはこちら……。
KIRINJI名義での一作目「11」から「EXTRA 11」を挟んでのリリースとなった今作。
「11」の頃はまだバンドとしてのコミュニケーションも十分に取れておらず、そのためキリンジの延長線上としてスタートしたが、KIRINJIの始動から3年(アルバム製作時で2年くらい?)が経ってバンド内でも意思疎通も取れてきており、リーダーの堀込高樹だけが中心になるのではなく、メンバーがより平等な立場で音楽に関わっていくと共に、キリンジ時代の延長ではなく、KIRINJIとして今の時代に向き合ったサウンドを模索した、というのが本作のざっくりとした概要のようだ。
その結果が、ライムスターをフィーチャリングした#1「The Great Journey」の今までのキリンジにはなかったアグレッシブなサウンドでハッキリと提示される。
バンドとしてアイドル弓木英梨乃さんを大々的に推した#2「Mr.BOOGIEMAN」やコトリンゴさんの作曲と歌唱の#6「日々是観光」などもKIRINJIとしての新たな展開を感じさせる。
世間の猫ブームに乗っかるかのように制作された#7「ネンネコ」も案外人気があるようだ。
キリンジ時代からのファンの中には声には出さないながらも、自分の好きだったキリンジと今のKIRINJIに距離を感じ始めて離れていく人もいるのだろう。おそらく、それは前進し続け、変わっていこうとするあらゆるミュージシャンにとって必ずつきまとう問題だとも感じる。少なくとも私は現時点のKIRINJIを楽しめているので、今後の変化も含めてじっくりと観続けていきたい。
KIRINJI - The Great Journey feat. RHYMESTER - YouTube
19. 堀込泰行 / One
仲良く3枚が並ぶ形になったが決してふざけているわけではなく、真面目に考えた結果だとご理解頂きたい……。
正直に言うと(兄弟時代の)キリンジでは高樹贔屓である。
そのため、キリンジの熱心なファンにとって脱退から3年待った待望のソロアルバムであった本作も、実際のところそこまで待ち焦がれていたというほどではなかった。
しかしながら、KIRINJIの新作と比べた時、アルバムとしてのまとまり、完成度という点で本作に軍配をあげたい。通して聴いてもしみじみといい。
「( 特に作詞面において)くせのあるものを作る」というキリンジのモード(もしくはマナー)から解放されて「普通ということに抵抗がなくなった」と語り、キリンジと対になっていた馬の骨よりも(管弦の導入によって)広がりのあるものを作りたかったという本作の試みは、しっかり形となって現れ、大きな実を結んでいる。以前からのファンを楽しませると共に、おそらく新しいファンも獲得出来るのではないだろうか?
強く意識した「楽しませたい」、堀込泰行 初ソロ作に込めた想い | MusicVoice
また、久しぶりに堀込泰行の声を聴き、私自身が堀込泰行の特徴的なボーカルをキリンジの大きな魅力の一つとして感じていたことを改めて再認識させられたようにも思う。
兄・高樹はアレンジ面でも器用で日本でも一番というくらい強い詞を書く分かりやすい天才であるが、兄ほど器用ではなく、時には兄の蔭に甘んじている印象を受けることもある弟・泰行もまた天才なのだろう。
18. Frank Ocean / Blonde
2012年を1stアルバム「channel ORANGE」を出し、今年の8月19日にビジュアル・アルバム「Endless」を出してレコード会社との契約を満了させた後、レコード会社からフリーになった状態でリリースされた本作。
本作も控えめな音数で抑制されたサウンドが、フランク・オーシャンの内省的でありつつも魅力的なボーカルを際立たせる。
私は、例えばリリックが大きな意味を持つヒップホップですらも、そのリリックの内容に深い関心を向けずに音楽を聴いてる部分がある。良くないなぁという自覚がありつつも、同時に音と声自体が伝えてくるニュアンスの価値を信じている部分もある。
しかしながら、同様の意図を持って歌と詞を聴かせることに重きを置いたアルバムである宇多田ヒカルの新作「Fantôme」もそうであったように、やはりこの手の音楽で歌詞に対する直感的な理解が及ぶかどうかは受け手側の印象に非常に大きな差をもたらすようことは明らかであろう。(Fantômeはアメリカでもそれなりに売れてるらしいが…)
そういった点から、私がこの音楽に対して感じている魅力が歌詞に対して理解が及んでいる人の1/10くらいであろうことを残念に思いつつ、とりあえずは音と声に耳を傾け、何かを拾い上げたいと思って聴いている。
17. Joana Queiroz, Rafael Martini, Bernardo Ramos / Gesto
「21世紀のクルビ・ダ・エスキーナ」と称される、現代ブラジルの音楽サークルの中心人物、ジョアナ・ケイロス(クラリネット)、ハファエル・マルチニ(ピアノ)、ベルナルド・ハモス(ギター)からなるトリオ。
ジョアナ・ケイロスのソロアルバムにアントニオ・ロウレイロがドラムで参加していたり、アントニオ・ロウレイロの「So」にハファエル・マルチニが参加していたりと、日本のブラジル音楽ファンの間で先に名前が売れたように思われるアントニオ・ロウレイロとの繋がりも濃い。
本作についてだが、ジョビン&ヴァニシウス・ヂ・モライスとエルメート・パスコアルのカバーが一曲ずつあるが、それ以外のオリジナル曲は3人がほぼ平等に作曲を担当している。今作については誰かがイニシアチブを取るわけではなく、3人全員がプロジェクトに全面的に関わった作品のようだ。ベルナルド・ハモスが「私たちはすごく音楽的に近いところにいます。共通のヒーローもたくさんいます。しかしながら、私たちの違いこそが類似性よりも意味があったのではないかと思います。私たちの力で補完し合いました。」と語っており、これは音楽に限った話ではなく、人生においても大切なことにように感じた。
(歌ではないボーカルが入った曲はほかにもあるが)本作で唯一歌の入った#1「O Vento」(下の動画で一部が聴ける)から始まり、 穏やかな世界に優しく誘ってくれるような室内楽が並ぶ。
本作は日本のSPIRAL RECORDSが出資して制作されている。ハファエル・マルチニはインタビューで「私たちのいるインディペンデント・シーンでは普段、自分たちのアルバムを録音するのに、自分たちの資金を使っている」と語っている。ブラジル本国においても、こういった音楽家たちに投資する個人やレコード会社が少ないということだろう。本当に志が高いレーベルだ。SPIRAL RECORDSのカタログは素晴らしい作品ばかりだが、そこに新たな名盤が加わった。
Joana Queiroz, Rafael Martini, Bernardo Ramos «GESTO» - YouTube
16. Chance the Rapper / Coloring Book
前作「Acid Rap」から3年ぶりに届けられた本作。
本作もフリーダウンロードでの配信のみでありながら、収益確保に苦しんでいる音楽業界を横目に独自のスタンスと戦略でその存在感を強めている。
今の時代、メジャーレーベルに所属することがミュージシャンの正しいキャリアの積み方といい切れないことはご存知の通りである。
レコード会社の存在とその仕事を殊更に否定するつもりはないが、レーベルに所属せず、フリーで音源をリリースしながら確固たる地位を築きつつある彼が、大手レコード会社の会議室で「音楽は会議室で生まれてるんじゃない!現場で生まれてるんだ!」と言わんばかりに暴れまくる下の映像は観ていて気持ちがいいし、「明日のアーティストとなる若者すべてにとって、良き例になりたい」と語る23歳のこの若者の側につきたくもなってしまう。
サウンドに関する印象としては、ブラックコミュニティーの陽気さや大らかさ、そして結束力といった陽の側面を強く感じさせられるものだったように思う。
ゴスペルなどの黒人音楽の滋養取り込み、トラックにはしっかりとした展開があって、ラップと歌を自由に行き来しつつもラッパーであることに疑いを感じさせないそのスタイルには、音楽の世界で独自のスタンスで順調にキャリアを重ねている若者の軽やかさのようなものが強く感じられた。
またしても傑作となった本作で、更に次のステップへと進んでいくことだろう。
Chance The Rapper - All We Got (ft. Kanye West & Chicago Childrens Ch) - YouTube
Chance The Rapper - Blessings (feat. Jamila Woods & Byron Cage) - YouTube
15. Beyonce / Lemonade
アメリカのマーケットはアーティストに”強さ”が求めていると感じる。
そういう国民性だと言ってしまえばそれまでだが、そういった”強さ”を必要とする社会であると見たほうが良さそうだ。そして、アメリカという国で「黒人」の「女性」であることは、おそらく多分に生きづらさを伴うことなのだろう。
中には表面上”強さ”を歌ってはいるものの”虚勢”にしかなっておらず、内面は情緒不安定なポップスターも見受けられるが(もはや、それはそれでアメリカらしいという感じもする)、ビヨンセには自身が歌った”強さ”に心を追いつかせようとする気位の高さがあるように感じるし、本作においては現在のビヨンセの心の強さがそのまま表現の強さに結びついたような印象すら受ける。
本作の楽曲の音楽性の幅は非常に広く、レッド・ツェッペリンをサンプリングし、客演にホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトを呼んだロック色の強い#3「Don't Hurt Yourself」や、完全に骨太なロックサウンドだったケンドリック・ラマー客演の#10「Freedom」にも驚いた。こういったロックリスナーにも強く訴求するであろう楽曲も含めつつ、その他の様々な音楽性の楽曲が一枚のアルバムに収まっていて不思議とばらつきを感じないのは、その軸にビヨンセという強力な軸があるからだろう。
14. Joshua Redman & Brad Mehldau / Nearness
ジョシュア・レッドマンとブラッド・メルドーによる初のデュオ・ライブアルバム。
セロニアス・モンク・コンペティションで優勝する実力がありながら、ハーバード大学を首席で卒業し、イェール大学の法律修士課程に進むほど秀才だったジョシュアは当時ジャズ・ミュージシャンを志向していなかったが、メルドーとの出会いなどを転機にプロとして活動する決意をした。一方で、メルドーもジョシュアのデビュー作参加をきっかけに注目を集めることとなった。
その後、二人はそれぞれの作品で深く関わることなく、お互いがお互いに切磋琢磨し、現代のジャズで新たな表現を模索していたが、2010年にメルドーの「Highway Rider」にジョシュアが参加して以来、交流が再開し、その流れで回ったツアーから本作が制作された、というのがざっくりした流れのようだ。
本作は2011年のヨーロッパ・ツアーで収録されたライブ・レコーディングから選り抜いたデュオ・パフォーマンスを集めたアルバムで2011年11月にスペイン、スイス、オランダ、ドイツ、そして7月にノルウェーで行ったライヴからの音源が6曲収録されているとのこと。複数の会場での録音となっているが、アルバムとして聴いたときにも各曲間での音響面での違和感は特に感じられないのが素晴らしい。
メルドーの繊細なピアノとジョシュアのサックスの信頼親密な音のやり取りからは、お互いに対する深い信頼が感じられる。
Joshua Redman & Brad Mehldau - Ornithology [Official Audio] - YouTube
13. サニーデイ・サービス / Dance To You
以下にエントリで触れています。
12. Arthur Nestrovski & Lívia Nestrovski / Pós Você e Eu
ブラジルのネストロフスキ父娘のデュオ。父がギターを弾き、娘が歌っている。
今年のアルバムの中で、最も私の脳内をアルファ派で充した作品だった。日常にそっと寄り添ってくれるそのサウンドは聴くタイミングを選ばず、今年のアルバムの中では再生回数がかなり多い作品かもしれない。
親娘だからなのもあるだろうが、演奏や歌からもリラックスして伸び伸びと制作した様子が伝わってきて、このレコーディングに立ち会いたかったという気持ちにさせてくれる。
ブラジル音楽の古い名曲やアメリカのジャズのスタンダードなど、カバーの対象は様々だが、2曲目(Serenata)のシューベルトの歌曲のカバーを聴いて、シューベルトすらもギターとポルトガル語の伸びやかな歌唱でやればブラジル音楽に聴こえるんだな、という面白さがあった。
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - Pós Você e Eu - YouTube
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - Folha Morta - YouTube
Lívia Nestrovski e Arthur Nestrovski - I'm Through With Love - YouTube
11. Diego Schissi Quinteto / Timba
アルゼンチンの鬼才ディエゴ・スキッシのスタジオ盤としては5年ぶりとなる新作。
菊地成孔氏が自身のラジオ番組で絶賛していた事でも(ごく一部で)話題になった。
ピアノのディエゴ・スキッシをリーダーとした、ヴァイオリン、バンドネオン、ギター、コントラバスのキンテート(五重奏)によるジャズや現代音楽の要素を取り入れた超モダンなタンゴといった感じ。
今年来日した同じくアルゼンチンのバンド、アカ・セカ・トリオとも親交があり、「HERMANOS」というアルバムを一緒に制作している。
途中途中に美しく聴かせる曲を挟みつつも、#1「Pelea 82」が象徴するような不穏さやひりつくような緊張感がアルバム全編に通底している。
ピアソラの子孫ではあることは感じさせつつ、この音楽の放つ強烈なエネルギーがタンゴを中心としたアルゼンチン音楽の力強い前進を実感させる。
Diego Schissi Quinteto / La música 55 - YouTube
Diego Schissi Quinteto / El borracho 14 - YouTube
武満徹と関係の深いギタリストは日本に何名かいて、鈴木大介はその中の一人。生前の武満徹と直接の交流はあまりないものの、武満徹に「今までに聴いたことがないようなギタリスト」と評されており、何度も武満のギター作品を録音している。
武満徹には現代音楽家としての、いわゆる”難しい音楽”のイメージが強い。それも間違いではないし、そちらの音楽の凄さについても多くの音楽家が語るところではあるが、映画音楽や晩年の作品では歌心のある美しい作品を幾つも書いてきている。本作にはそういった映画音楽の曲が多く収録されている。
鈴木大介が同じく武満徹没後10年の時に出したアルバム「夢の引用」にはベースプレイヤーが参加し、ジャズ的なニュアンスも感じられる作品で本当に素晴らしかったが、本作は曲によってソロ、デュオ、トリオと違いはあるもののの、ギタリストのみの編成になっている。「夢の引用」と重複する曲もあるが、全体を通して、よりクラシカルなアレンジになっている印象を受ける。
本作の収録曲で武満自身がギター曲として編曲した曲ものも幾つかあるが、それ以外は鈴木大介がギター曲にアレンジしたものだ。
武満徹がオーケストレーションした曲を、原曲を殺さずにギター曲にアレンジし、演奏するには優れた感性と相当な技術とが必要なことは想像に難くない。
繊細なニュアンスの音が余すことなく収録されたこの本作を聴けば、武満徹がギターという楽器を愛した理由がきっとわかるはずだ。
ちなみにジャケットは晩年の武満と浅香夫人が、当時仕事場としていた長野県の森を散策している時の写真のようだ。本当にいいジャケットだと思う。
9. コトリンゴ / 「この世界の片隅に」オリジナルサウンドトラック
こうの史代原作・片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」は私個人にとって本当に大切な作品となった。今後、日本アニメ史及び日本映画史において、この作品がどのように位置付けられるかについては某映画評論家のような断言はしないでおくが、おそらく長い時間を経ても何一つ廃れることがない作品であろう。
そして、この映画の中のほぼすべての音楽をコトリンゴが担当している。木管楽器と弦楽器をメインに据えた柔らかなオーケストレーションを得意とするコトリンゴ自身の音楽性とこの作品の内容が驚くべきほどにマッチしており、映画のなかで見事な役割を果たしている。
曲順は劇中で使用された順番に並べられており、このサントラを通して聴くと映画の初めからエンドロールまでの様々な場面が順に思い出される。
コトリンゴによって軽やかに歌われた戦中の流行歌「隣組」の劇中での使われ方も見事であったし、「New Day」という優しくて愉快なビッグバンドサウンドでこのアルバムを〆てくれるのも、この映画の人生に対する肯定と重なるようで素敵だ。
さて、ここまでこのアルバムと映画の内容を絡めた話を中心にしてきている。私にとって(この音楽も含めた)映画自体に深く魅了されているため、この音楽を映画と切り離して考えることはもはや出来ない。そのため、音楽単体で考えた時に果たしてこのアルバムはこの順位においていいのかと少し考えもしたが、やはり音楽自体も間違いなく素晴らしいのだと思い直し、この位置においた。
収録曲は33曲。劇伴のため短い曲は40秒程度ではあるが、劇伴によくあるメインテーマのメロディーの流用などもしておらず、すべての曲に固有のメロディーがある。おそらくコトリンゴ個人の名義でのアルバムの2〜3枚分のアイディアが詰め込まれている力作であろう。KIRINJIでの活躍も含め、音楽家として脂が乗ってきたコトリンゴの今後にも期待したい。
8. Lourenço Rebetez / O Corpo de Dentro
バークリーを出たブラジル出身の作曲家/ギタリスト、ロウレンソ・ヘベテスの作品。
特に前情報を入れずに一聴した感想は「(オーストラリアからHiatus Kaiyote が出てきたように)遂にブラジルからも出てきたか。」だった。調べてみるとやはり、現代ジャズに影響を受けた様々な音楽(D'angeloやKendrick Lamar)に触発された、とのこと。
ネイ・パームのボーカルが印象的なHiatus Kaiyoteとインスト作品の本作とを単純に並べて考えることは出来ないかもしれないが、それぞれの国で現代ジャズを消化して作品に反映させたらこういった違いが出るのもなんとなくわかるように思う。
本作ではドラムスに加え、全曲にサンバ打楽器奏者(カイシャ、チンバウ、スルド)が参加しており、訛りのあるリズムセクションに独特な雰囲気を加えている。また、曲によって参加人数は違うが、管楽器(各種サックス、トロンボーン、フルート、クラリネット、フリューゲルホルンetc)が手厚く配置されており、サウンドに華やかさを感じさせる。
プロデューサーにはアート・リンゼイを迎えられており、ブラジルのプレイヤーばかりが集まった本作で、過剰なサウダージ感を抑えるための手綱を握っていたのかもしれない。
おそらく小津安二郎にオマージュを捧げであろう#2「Ozu」はブラジル人の考える”オリエンタル”なニュアンスがよい。
Lourenço Rebetez - O CORPO DE DENTRO (Making Of) - YouTube
7. 清水靖晃 / NHK土曜ドラマ「夏目漱石の妻」オリジナル・サウンドトラック
このアルバムの一曲目であり、このドラマのメインテーマとなっているのが#1「新しい時代ワルツ - オーケストラ」だ。
ご存知の通り、夏目漱石が生きた明治という時代には、江戸時代の300年にも渡る鎖国が解けて様々な欧米の文化が流入してきた。
牛肉が入ってきてすき焼きを楽しむようになり、「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」という言葉の通り、髷という今にして思えばとてつもなく奇妙な髪型も少しずつ過去の物となっていく。そんな新しい時代にあって、音楽はどうだったのか。
調べてみると、吉松隆のこのブログ記事にたどり着き、参考になった。
舶来ものが好きだった信長の時代には多少なりともあった西洋音楽との交わりも鎖国によりほとんど断絶していたようだ。そして、日本が鎖国をしている300年の間に、ヨーロッパではバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンといった誰もが知っている作曲家がその生涯を閉じ、演奏技巧においてもヴァイオリンではパガニーニが、ピアノではリストが極地にたどり着いた。そんなとんでもないものが明治になると同時に(庶民からすれば)突然やってくるわけだから、その驚きは如何様であっただろう。
漱石がロンドン留学した1900年(明治33年)には、すでにドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲(1894)」を発表しており、マーラーが交響曲第5番、シベリウスが交響曲第2番を作曲していた頃だそうだ。その頃の日本だと滝廉太郎が活躍しており、その後山田耕筰なども登場する。
話を本作に戻すと、このアルバムに収められた音楽では、明治という時代、そしてその時代を生きた漱石夫妻の希望や不安、苦しみが表現されている。明治時代におそらくここまで当時の西洋音楽をきちんと消化していた作曲家はいなかったであろうが、このアルバムを聴くと、まさに西洋音楽に触れて間も無い明治時代の香りがするのだから不思議だ。清水靖晃の想像力に感服するしかない。
新しい時代ワルツ - オーケストラ by Yasuaki Shimizu
6. Giorgio Tuma / This Life Denied Me Your Love
南フランスのシンガーソングライター、ジョルジオ・トゥマの4枚目のアルバム。
ジョルジオ・トゥマの音楽的なルーツは、ソフトロックやブラジル音楽、そしてイタリアの映画音楽があるようだ。思えば、イタリアには世界的に有名なエンニオ・モリコーネを筆頭に、アルマンド・トロヴァヨーリ、ピエロ・ウミリアーニ、ピエロ・ピッチオーニなどを生み出した豊かな音楽的土壌(CDで手に入りにくいこのあたりの作曲家のサントラがApple Musicにかなり揃っていてありがたい)があり、ジョルジオはその土で育った音楽家と言えるだろう。
本作のハイライトであろう「My Last Tears Will Be A Blue Melody」は本人が「モーリス・ラヴェルやピエロ・ピッチオーニ、ビーチ・ボーイズからインスパイアされたんだ」と語る通り、ラヴェルの繊細さと「God Only Knows」に見られるようなビーチ・ボーイズの天上感が合わさって、まるで祝福を受けているような気持ちになる。
ジョルジオ・トゥマの作品のライナーノーツを書いている吉本宏さんが、ジョルジオに会いにイタリアに尋ねた時の話が以下のリンク。
こういう場所で時間の制約を気にせず、気心の知れた信頼出来る仲間と自分の音楽を突き詰めて作品を作れることは理想的なことだと思う。と同時に、これほどの作品が何故あまり広まっていないのだろう?流通の問題だろうか?と若干寂しくもある。
費やした情熱と手間とコストに見合った評価がこの作品についてくることを心から願ってやまない。
GIORGIO TUMA - Release From The Centre Of Your Heart [Audio] - YouTube
(↑はステレオラブのレティシア・サディエールに提供していたのセルフカバー)
GIORGIO TUMA - My Last Tears Will Be A Blue Melody [Audio] - YouTube
Giorgio Tuma - Anna, My Dear(MV) - YouTube
5. 蓮沼執太 / メロディーズ
前作の蓮沼執太フィルでのアルバム「時を奏でる」で一つ上のステージに上がったようにも感じられる蓮沼執太の新作。
蓮沼執太の音楽は、それがソロの電子音楽であれ蓮沼執太フィルのような大編成のユニットであれ、耳馴染みのいいメロディーを聴くことが出来る。本作では全曲が蓮沼執太の歌唱となっており、アルバムのタイトルが示す通り、今まで以上にメロディーを聴かせることに重点が置かれ、最もポップスに振り切った作品と言える。
ご機嫌な口笛から始まる「アコースティック」に始まり、しっとりと聴かせる「TIME」までの全10曲、中弛みすることなく心地よく聴くことが出来る。
さて、蓮沼はこのインタビューで 、自分はシンガーソングライターではないので本来自分の曲を他の人に歌ってもらってもよいのだがと前置きしつつ「作った楽曲に対して、自分が歌うことで筋を通したい」といった発言をしている。
楽器の演奏にも人それぞれの特色が出るが、声(歌)ほど十人十色の音を鳴らし、人への訴求力が強い楽器がないことは周知の通りだろう。そして、声自体がその人の出来る音楽や演っている音楽を規定してしまうことは往々にしてみられる。10代の女の子がヘヴィメタルをやることは出来ないのだ(ここであそこのオタクに殺される)
そして、音楽家が自分の声と向き合うことは自分自身と向き合うことでもある。本作は、その事に自覚的な人間が作った音楽であると感じることが出来た。
しかし、こういう音楽こそ地上波のテレビで一度くらいは流れて欲しいものである。
「よく晴れた休日のお散歩で聴きたい音楽2016」、堂々の第一位。
蓮沼執太『メロディーズ』MV「RAW TOWN」 - YouTube
4. Andre Mehmari & Antnio Loureiro / Mehmari Loureiro Duo
アントニオ・ロウレイロとアンドレ・メマーリというブラジル新世代の天才二人がタッグを組んで制作された本作は、事前に抱いていた大きな期待に十分に答えるものだった。
収録曲17曲のうち、アントニオ・ロウレイロの書いた曲が3曲、アンドレ・メマーリの書いた曲が7曲、共作が7曲となっている。
アントニオ・ロウレイロはドラムとヴィブラフォンを中心に演奏している。個人的にはマルチプレーヤーのイメージが強かったアントニオ・ロウレイロではなく、ピアニストとしてのイメージが強かったアンドレ・メマーリが、ピアノやシンセ、アコーディオンの鍵盤類だけでなく、フルートやギター、マンドリン、スペインの民族楽器であるチャランゴといった弦楽器までを演奏していることを少し意外だった。
本作はアントニオ・ロウレイロのヴィブラフォンが大活躍しており、単純にヴィブラフォン好きの私に心地よく響いたこともあるが、全編通してブラジル新世代の美意識が強く感じられる内容だったように思う。
アントニオ・ロウレイロは今後、カート・ローゼンウィンケルの新プロジェクト「Kurt Rosenwinlel's CAIPI BAND」にも参加していくようなので、そちらも楽しみにしている。
3. Julian Lage / Arclight
ジュリアン・ラージ(ジュリアン・レイジとの表記もあり、まだ統一されていない様子)のトリオ作品。
5歳からギターを始め、17歳でゲイリー・バートンにフックアップされたジャズギターの神童も現在は29歳。そのギターの腕前は、バークリーのフルスカラシップ生(優秀な学生の学費を全額免除する制度)だったはずのCRCK/LCKS、井上銘さんをして以下のように語られている。
本作でジュリアンはテレキャスターを弾いており、古い曲のカバーだけでなくオリジナルも含めて全編穏やかでおおらかなアメリカーナを奏でている。日本人の私ですら何故か郷愁を感じてしまうのだが、もしかしたら私の血にも1%くらいアメリカ人の血が入っているのかもしれない。わりと鼻は高いほうだし……。
冗談はさておき、本作にはノラ・ジョーンズ「Don't Know Why」の作曲者であるジェシー・ハリスがプロデューサーに迎えられ、「20世紀の初頭から半ば、バップ以前の音楽を自分なりに表現したかった」というジュリアンの考えと方向性に適切なアドバイスをくれたようだ。
(色々と調べていたら2011年に書かれたこういう記事を見つけたので参考に一部を引用させていただきます)
さて、本作は長い曲でも4分ちょっとなため、聴いていてサクサクと進んでいく。全編を通して難しいことばかりをやっている印象は受けないが、圧倒的なスキルに裏打ちされた演奏からはどの瞬間にも余裕が感じられ、その一音一音に表現をする意思が満ちている。そういう音楽にこそ、本当の豊かさがあるように感じる昨今である。
Julian Lage - Nocturne (Single) - YouTube
Julian Lage - Harlem Blues (Single) - YouTube
Julian Lage - "Persian Rug" (Live from the Blue Whale) - YouTube
2. Jacob Collier / In My Room
以下にエントリで触れています。
1 . Punch Brothers / The Phosphorescent Blues
2015年1月にリリースされたアルバムをこの位置に置くのはどうかと思いつつ、国内盤が出たのが今年なので選出した。
さて、このバンドの編成はギター、マンドリン、バンジョー、ベース、フィドルで一般的なブルーグラスバンドと変わらない。しかし、アメリカのルーツミュージックは勿論のこと、クラシック(本作でもドビュッシーやスクリャービンをカバーしており、スクリャービンの方は1分弱の小品だがとても気に入っている。)やジャズ、ロック的なダイナミズムまでを取り込み、その編成によってブルーグラスの音のテクスチャーは残しつつも、ルーツミュージック特有のバタ臭さが排除されているそのサウンドには他と比較出来ないユニークさが感じられる。そういった音楽性を表して”ニューアメリカーナ”という言い方をされることもあるようだ。
以下は中心人物、クリス・シーリの談。
(どうやらレディオヘッドのカバーが十八番らしい…ジャズもブルーグラスも新世代の奴らは揃いも揃ってレディオヘッドだ)
今年のブルーノート東京での来日公演では、この動画のようにマイク1本を5人が囲んで演奏するスタイルだったようで、観た人からの驚きの声が多くきかれた。
アメリカのルーツミュージックの中でも、特にブルーグラスは今まで深く掘り下げて聴く機会にあまり恵まれてこなかった。Julian Lage「Arclight」もそうだが、そんな私の耳と、過去の音楽につながる扉を開いてくれる音楽にまた一つ出会えたように思う。
なお、2017年の頭にはクリス・シーリ(マンドリン)とブラッド・メルドー(ピアノ)のデュオアルバムが出るようなのでそちらも楽しみにしている。
Punch Brothers - "I Blew It Off' - YouTube
Punch Brothers - "My Oh My" - YouTube
【個人的メモ】
上の記事を公開後に聴いた作品でここに入れてもいいくらい気に入った作品を記録として残しておきます。(随時)
・Arthur Verocai / No Voo Do Urubu
・網守将平 / SONASILE
・Steve Lehman / Selebeyone
・GUIRO / ABBAU(シングル)